バトケン州
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座標: 北緯40度45分 東経70度45分 / 北緯40.750度 東経70.750度
| バトケン州 | |||
| Баткен областы Баткенская область | |||
| 州 | |||
|
|||
| 国 | |||
|---|---|---|---|
| 州都 | バトケン | ||
| 最高地 | |||
| - 標高 | 5,880m (19,291ft) | ||
| 最低地 | |||
| - 標高 | 401m (1,316ft) | ||
| 面積 | 16,995 km² (6,562 sq mi) | ||
| 人口 | 428,800 (2009) | ||
| 人口密度 | 25.2 /km² (65 /sq mi) | ||
| 州知事 | Mamat Aibalayev | ||
| ISO 3166-2 | KG-B | ||
| License plates | A | ||
バトケン州(キルギス語: Баткен областы、ロシア語: Баткенская область)は、キルギス南西部に位置する州である。州都はバトケン。東でオシ州に接し、南・西・北はタジキスタンと国境を接するほか、北東部でウズベキスタンと接する。
地理
沿革
社会経済
人口統計
2009年時点において、バトケン州には4つの市と5つの町、198の村がある。2009年の人口統計によると、バトケン州の人口は38.03万人(調査時点人口=現住人口)から42.86万人(住民登録人口=法定人口)である[2]。
| バトケン州の人口推移 | ||
|---|---|---|
| 年 | 人口 | ±% |
| 1970 | 200,328 | — |
| 1979 | 237,469 | +18.5% |
| 1989 | 311,761 | +31.3% |
| 1999 | 382,426 | +22.7% |
| 2009 | 428,636 | +12.1% |
| 註: 住民登録人口(法定人口)。出典:[2] | ||
民族構成
2009年の調査によると、バトケン州の民族構成は以下のようになっている[2]。
| 民族 | 人口 | 人口比 |
|---|---|---|
| キルギス人 | 327,739 | 76.5% |
| ウズベク人 | 63,048 | 14.7% |
| タジク人 | 29,569 | 6.9% |
| ロシア人 | 3,560 | 0.8% |
| タタール人 | 1,910 | 0.4% |
| トルコ人 | 888 | 0.2% |
| ウイグル人 | 264 | 0.1% |
| その他 | 1,295 | 0.3% |
地方行政区画
国境と飛地

ソビエト連邦期の行政区画設定により、バトケン州内にはウズベキスタンおよびタジキスタンの飛び地が複数存在する。
主な飛地
チョング・カラ(ウズベキスタンの飛地)、ジャンギ・アイール(ウズベキスタンの飛地)、カイラガチュ(タジキスタンの飛地)、シャヒマルダン(ウズベキスタンの飛地)、スフ(ウズベキスタンの飛地)、ヴォルフ(タジキスタンの飛地)などが挙げられる[7]。
国境地域の生活と移動(越境移動・市場・灌漑)
フェルガナ盆地周縁の国境地域では、生活・生業の上で越境移動や越境取引、灌漑水路の共同利用が行われてきた一方、国境管理(検問・税関・通行制限)の強化は交通や交易・社会関係に影響を与え得るとされる[8]。
Reevesは、国境地帯の実践を「静態」よりも移動・流動性(mobility)に着目して捉える必要があるとし、生活物資・サービス・儀礼等に関わる越境関係が国境の管理実践によって攪乱され得る点を論じている[8]。同書では、国境警備を担う側が地域社会で揶揄される比喩表現、税関ポストの設置が住民側の抵抗(破壊)を招いた事例、葬送に伴う越境移動が当局により阻止された事例などが、具体的描写として言及される[9]。
越境協力としての灌漑水路の共同管理については、中央アジア・プログラムの報告が、バトケン州のサマルカンデク村(Samarkandek)で、水路がタジキスタン側の村落へ流下し、土砂災害等により通水が阻害される場合に双方の住民が共同で対応する、と述べている[10]。同報告は、市場を含む越境的な結びつきが生活を支える要素になり得ることにも触れ、バトケン周辺の小規模な日常市場での取引を例示している[11]。