バンブーユベントス

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欧字表記 Bamboo Juventus[1]
性別 [1]
バンブーユベントス
2007年8月12日 小倉競馬場
欧字表記 Bamboo Juventus[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 栗毛[1]
生誕 1999年5月31日[1]
死没 2011年6月24日(12歳没)
抹消日 2004年10月23日
マヤノトップガン[1]
スプリングバンブー[1]
母の父 ワッスルタッチ[1]
生国 日本の旗 日本北海道荻伏村[1]
生産者 バンブー牧場[1]
馬主 バンブー牧場[1]
調教師 田島良保栗東[1]
競走成績
生涯成績 11戦3勝[1]
獲得賞金 1億2107万4000円[1]
勝ち鞍
GII日経新春杯2003年
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バンブーユベントス(欧字名:Bamboo Juventus )は、日本競走馬[1]2003年日経新春杯の勝ち馬である。

馬名の意味は、冠名+イタリアのサッカーリーグセリアAのクラブチーム名ユベントス

栗東田島良保調教師に託され2歳夏に厩舎には入厩したが初めは骨の成長が遅く、あちこちを頻繁に痛めて3歳のうちにデビューできなかった[2][3]。それでも2002年、若手の村田一誠を起用して3歳1月の新馬(京都ダート1200m)でデビュー。逃げ切り勝ちを飾ると、2戦目のさわらび賞で芝を使われ、連勝を決めた[3]

重賞初挑戦の毎日杯(GIII)6着を挟んで、臨んだ東京優駿のトライアル競走である青葉賞(GII)では後方追走から大外に持ち出して追い込み、抜け出したシンボリクリスエスから2馬身半差の2着を確保、優先出走権を獲得した[4][5]。そしてクラシック第二弾の東京優駿(GI)でも村田が続投し、勝利すればダービー最年少優勝記録更新だったが[3]、12着で叶わなかった[6]。秋からは幸英明が騎乗し、セントライト記念菊花賞に臨むも12着、7着[6]。続く12月の中日新聞杯(GIII)では古馬相手に3番人気で臨み、後方から追い込んだが同じ3歳の2番人気マイソールサウンドにクビ差届かず2着だった[7][8]

年をまたいで2004年1月、古馬初戦となる日経新春杯(GII)に参戦。四位洋文に乗り替わり、コイントスファストタテヤマエアエミネムに次ぐ4番人気の支持だった[2]。最後方の内側追走から直線にて馬場の最も内をついて進出。1番人気コイントスが好位追走から抜け出していたがそれを差し切り、半馬身差をつけて優勝[9]。重賞初優勝、マヤノトップガン産駒初の重賞勝利を成し遂げた。この後は天皇賞(春)で父仔優勝を目指す予定だったが[2]右前浅屈腱炎が判明して長期休養[10][6]。1年半経過した2004年8月に復帰するも、2連敗して競走馬を引退した。

競走成績

以下の内容は、netkeiba.comの情報[11]に基づく。

競走日競馬場競走名距離(馬場)


オッズ
(人気)
着順タイム
(上がり3F)
着差騎手斤量
[kg]
1着馬(2着馬)馬体重
[kg]
2002.1.27 京都 3歳新馬 ダ1200m(不) 14 4 5 38.9(10人) 1着 1:13.6(37.8) -0.4 村田一誠 55 (タマモヒーロー) 476
3.3 阪神 さわらび賞 500万下 芝1600m(良) 16 4 8 21.9(5人) 1着 1:36.2(35.5) -0.3 村田一誠 55 (ファイトブライアン) 462
3.23 阪神 毎日杯 GIII 芝2000m(良) 15 1 1 8.3(3人) 6着 2:02.6(36.4) 0.4 村田一誠 55 チアズシュタルク 458
4.27 東京 青葉賞 GII 芝2400m(良) 18 8 16 24.4(8人) 2着 2:26.8(34.4) 0.4 村田一誠 56 シンボリクリスエス 448
5.26 東京 東京優駿 GI 芝2400m(良) 18 8 16 41.2(12人) 12着 2:27.5(36.5) 1.3 村田一誠 57 タニノギムレット 450
9.15 新潟 セントライト記念 GII 芝2200m(良) 17 4 8 10.3(5人) 12着 2:14.1(35.6) 1.2 幸英明 56 バランスオブゲーム 452
10.20 京都 菊花賞 GI 芝3000m(良) 18 7 13 73.9(13人) 7着 3:06.7(35.7) 0.8 幸英明 57 ヒシミラクル 456
12.7 中京 中日新聞杯 GIII 芝1800m(良) 14 8 16 5.6(3人) 2着 1:47.9(35.3) 0.0 幸英明 54 マイソールサウンド 456
2003.1.19 京都 日経新春杯 GII 芝2400m(良) 13 2 2 9.8(4人) 1着 2:25.8(34.3) -0.1 四位洋文 54 コイントス 462
2004.8.22 小倉 阿蘇S OP ダ1700m(良) 11 8 11 16.5(6人) 9着 1:47.8(38.9) 2.2 鮫島克也 57 スターペスシンタ 480
10.3 阪神 シリウスS GIII ダ1400m(良) 14 5 8 47.9(9人) 10着 1:24.2(36.0) 1.1 石橋守 56 アグネスウイング 464

引退後

競走馬引退後は、小倉競馬場誘導馬を務め、2009年に引退し南九州市森林馬事公苑で乗馬となった[6]。その後2011年6月24日に死亡している[12]

血統表

脚注

外部リンク

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