ビラルバ
スペインの町
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ビラルバ(Vilalba)は、スペイン・ガリシア州ルーゴ県のムニシピオ(基礎自治体)。コマルカ・ダ・テーラ・チャに属し、その中心自治体である。
2012年の人口は(2009年:15,437人、2007年:15,358人)[1]で市街地にその3分の1以上が住む。ビラルバはコマルカ内で最多の人口を有し、県内でもビベイロに次いで4番目の人口規模である。面積は379.4km²で人口密度は39.8人/km²。ガリシア州でア・フォンサグラーダについで2番目に広い自治体である。住民呼称はvilalbés/-esa。カスティーリャ語による表記はVillalba(ビジャルバ)。
ビラルバには考古学的、文化的な史跡文化財が数多く存在し、ガリシア州内でも、多くのカストロが残されている。その中でもゴンダイスケとベレサールのものはよく知られている。また、他には現在パラドールになっている、ビラルバ城の塔がある。
ガリシア語話者の自治体人口に占める割合は98.74%(2001年)。
地理
歴史
現在の自治体ビラルバについての言及で最初のものは、6世紀のものである。サンタ・マリーア・デ・モンテネグロという村が、同名の一族の保護のもとにあるとの言及が残されている。8世紀には、火災によって、完全に破壊された。12世紀に、ビラレンテという名前で再び登場、アンドラーデ一族と結びついていた。15世紀、1431年城はイルマンディーニョの反乱によって破壊される。後に、ヌーノ・フレイレ・デ・アンドラーデは住民に城を再建するよう命じた。1467年、アフォンソ・デ・ランソス、ペドロ・デ・オソリオ、ディエゴ・デ・レモスらによって率いられた2回目のイルマンディーニョの反乱で、民衆軍はモエーチェを除き、すべてのアンドラーデ一族の城を落城させた。
アンドラーデの城の八角形の塔は、元情報観光大臣であったマヌエル・フラガ・イリバルネの命によって、改装され、現在、パラドールとして利用されている。
政治
自治体首長はガリシア国民党(PPdeG)のヘラルド・クリアード・ギサン(Gerardo Criado Guizán)[7]、自治体評議員はガリシア国民党:10、ガリシア社会党(PSdeG-PSOE):5、ガリシア民族主義ブロック(BNG):2となっている(2011年5月22日の自治体選挙結果、得票順)[8]。
首長当選者:アグスティン・バーモンデ・ディアス(PPdeG) |
首長当選者:アグスティン・バーモンデ・ディアス(PPdeG) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
首長当選者:ヘラルド・クリアード・ギサン(PPdeG) |
首長当選者:ヘラルド・クリアード・ギサン(PPdeG) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
教区
ビラルバは30の教区に分けられる。太字は自治体中心地区のある教区[3]。
- アルバ(サン・ショアン)
- アルボル(サン・ロウレンソ)
- ベレサール(サン・マルティーニョ)
- ボイサン(サンティアーゴ)
- カルバジード(サンタ・マリーア)
- コデシード(サン・マルティーニョ)
- コルベージェ(サン・バルトロメウ)
- ディストリス(サン・マルティーニョ)
- ゴイリス(サンティアーゴ)
- ゴンダイースケ(サンタ・マリーア)
- インスア(サン・バルトロメウ)
- ラドラ(サン・サルバドール)
- ランソス(サン・マルティーニョ)
- ランソス(サン・サルバドール)
- モウレンセ(サン・シアーオ)
- ネテ(サン・コスメ)
- ノーチェ(サン・マルティーニョ)
- オレイロス(サン・マメーデ)
- リオアベーソ(サン・シュルショ)
- ロマン(サンタージャ)
- サマルーゴ(サンティアーゴ)
- サン・シモン・ダ・コスタ(サン・シモン)
- サンコバーデ(サンティアーゴ)
- サンタバージャ(サン・ペドロ)
- ソエショ(サンタ・マリーア)
- タルダーデ(サンタ・マリーア)
- ア・トーレ(サンタ・マリーア)
- ビラルバ(サンタ・マリーア)
- ビラペドレ(サン・マメーデ)
- ショイバン(サン・サルバドール)
出身者
- マヌエル・フラガ・イリバルネ - 政治家。国民党創設者。ガリシア州首相。
