ブッチホン

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駐ニュージーランド大使の川島純と電話する小渕(1999年12月31日)

ブッチホンとは、「プッシュホン」のもじりで[1]、当時内閣総理大臣であった小渕恵三の「渕」(ぶち)と電話(telephone/テレフォン)の「フォン」を掛け合わせた造語[2][3][4]

総理大臣の小渕[5]が著名人にかけた電話のことを指す[6][3][4]。それがあまりにも唐突でフランクなために電話を受けた相手が当惑したという[3][4]

小渕は国民の支持を獲得するために、国民と同じ目線で話し合えば自分の人間的な考え方への理解が深まるのではないかと考え、国民との接触機会を増やしていた[3][7][8]。小渕内閣は発足当初、国民から期待されておらず、新聞や雑誌の論調もきわめて辛辣だったからである[9][3]。ブッチホンの多くはお礼や相談、情報収集、依頼のためであった[3]。数多くの人にかけただけでなく、秘書を通さず小渕自身がかけたことは異例であった[3][10]。小渕はこの言葉で1999年度の新語・流行語大賞(年間大賞)を受賞している[10][2]

小渕は、極力電話は自分でかけるようにしていた。なぜなら、「人に与えられた時間というものは決まっている。なのに電話をかけるとき、まず秘書にかけさせる。すると向こうも秘書が出る。それから相手が出て、最後にやっと自分が出る、なんてことをやっていたら一本の電話に四人が使われてしまう。こんなに無駄なことはない」というのが持論だったからである。ブッチホンにより小渕に対する親しみが増したと言われている。こうした努力が実り、発足当初は戦後最低の支持率を記録した小渕内閣は、1999年5月に支持率が不支持率を上回り、同年9月には51%まで上昇した[11]。しかし、ブッチホンを初めとする職務は体に負担をかけ、心臓に持病があった小渕の体は徐々に蝕まれていった[12]

2000年4月2日、小渕は脳梗塞を発症し、昏睡状態のまま5月14日に生涯を終えた[13][14][15][16][17][18][19]

ブッチホンを受けた人物

備考

脚注

参考文献

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