ブライアン・ビロリア

From Wikipedia, the free encyclopedia

本名 ブライアン・ビロリア
通称 The Hawaiian Punch
身長 163cm
ブライアン・ビロリア
基本情報
本名 ブライアン・ビロリア
通称 The Hawaiian Punch
階級 フライ級
身長 163cm
リーチ 165cm
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 (1980-11-24) 1980年11月24日(45歳)
出身地 ハワイ州ホノルル郡ワイパフ
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 45
勝ち 38
KO勝ち 23
敗け 5
無効試合 2
テンプレートを表示
獲得メダル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
男子 ボクシング
世界ボクシング選手権
1999 ヒューストンライトフライ級

ブライアン・ビロリアBrian Viloria1980年11月24日 - )は、アメリカ合衆国の元プロボクサーハワイ州ホノルル郡ワイパフ出身。元WBCIBF世界ライトフライ級王者。元WBAスーパーWBO世界フライ級統一王者世界2階級制覇王者。愛称は「The Hawaiian Punch(ハワイアン・パンチ)」。2000年シドニーオリンピックのライトフライ級アメリカ代表。トレーナーはフレディ・ローチ

アマチュア時代

9歳の頃からボクシングを始める。1995年に世界ジュニアオリンピックで優勝。

1998年、全米選手権にライトフライ級(48kg)で出場するが準決勝でホセ・ナバーロに敗退[1]

1999年全米選手権英語版ライトフライ級王者になった[2]。ナショナル・ゴールデングローブでライトフライ級(48kg)の王者になった[3]。ヒューストンで開催された世界ボクシング選手権大会にライトフライ級(48kg)で出場、準々決勝でブライム・アスロウムを破り優勝を果たした[4]

2000年、シドニーオリンピック国内予選選考会でライトフライ級(48kg)に出場しノニト・ドネアとグレン・ドネアを破り優勝[5]。アメリカ大陸予選でも優勝しオリンピック出場権を獲得した[6]

2000年、オーストラリアシドニーで開催されたシドニーオリンピックに出場し、2回戦でブライム・アスロウムに敗れた [7]

プロ時代

フライ級

2001年5月15日にプロデビュー。

2002年8月30日、空位のNABF北米フライ級王座を獲得。

ライトフライ級

2005年9月10日にWBC世界ライトフライ級王者のエリック・オルティスを初回KOで破り王座獲得に成功した。

2006年2月18日にはホセ・アントニオ・アギーレを判定で下し、初防衛に成功した。

2006年8月10日、ラスベガスオマール・ニーニョ・ロメロと対戦し、12回0-3(112-117、110-118、111-117)の判定負けを喫し王座から陥落した。ビロリアはこの防衛をクリアしたらWBA世界ライトフライ級王者の亀田興毅との統一戦を熱望していた経緯があるが、王座を防衛できず実現しなかった。

2006年11月18日にオマール・ニーニョ・ロメロと再戦したが、12回0-1で引き分けとなり王座返り咲きはならなかった。試合後、ロメロはドーピング検査で陽性反応が出たため、王座を剥奪され、試合結果も無効試合に変更された。

2007年4月14日、エドガル・ソーサとWBC世界ライトフライ級王座決定戦を行い、12回0-2(114-114、113-115×2、113-115)の判定負けを喫し、またしても王座返り咲きに失敗した。

2009年4月19日、ケソンあるアラネタ・コロシアムIBF世界ライトフライ級王者ウリセス・ソリスと対戦し、11回2分56秒KO勝ちを収めWBCに続く王座を獲得した[8]

2009年8月29日、ホノルルブレイズデル・センターで15位ヘスス・イリベと対戦し、途中で拳を傷めたイリベに12回3-0(118-110、117-112、117-111)の判定勝ちで初防衛に成功した[9]

2010年1月23日、カルロス・タマラと対戦し、12回TKO負けを喫し王座から陥落した[10]。試合後の控え室で意識を失い、病院に搬送されたが大事には至らなかった[11]

フライ級復帰

2011年7月16日、ホノルルのニール・ブレイズデル・センター・アリーナでWBO世界フライ級王者のフリオ・セサール・ミランダと対戦し、12回3-0(117-110、114-113、115-113)の判定勝ちを収め王座獲得に成功、2階級制覇を達成した[12]

2011年12月11日、パシッグにあるイナレス・スポーツ・アリーナ英語版で元WBAスーパー・WBO世界ライトフライ級王者のジョバンニ・セグラと対戦し、右顔面負傷によるレフェリーストップとなる8回29秒TKO勝ちを収め、初防衛に成功した[13]

2012年5月13日、パシッグにあるイナレス・スポーツ・アリーナでオマール・ニーニョ・ロメロと6年振りに対戦し、9回2分7秒TKO勝ちを収め、2度目の防衛に成功した[14]

2012年11月17日、カリフォルニア州ロサンゼルスのスポーツ・アリーナにてWBA世界フライ級王者のエルナン・マルケスと王座統一戦を行い、10回1分1秒TKO勝ちで王座統一に成功、WBA王座を獲得、WBO王座は3度目の防衛に成功した[15]

2013年4月6日、マカオにあるザ・ベネチアン・マカオコタイ・アリーナファン・フランシスコ・エストラーダと対戦し、12回1-2(115-113、111-117、111-116)の判定負けを喫しWBA王座は初防衛並びにWBO王座は4度目の防衛に失敗、両王座から陥落した[16]

2014年3月29日、ラスベガスのテキサス・ステーション・カジノでマックウィリアムズ・アローヨと対戦予定だったがアローヨが怪我で急遽欠場になったためファン・エレーラとスーパーフライ級10回戦を行い、10回3-0(98-92×2、97-93)の判定勝ちを収め再起した。

2014年7月19日、マカオにあるザ・ベネチアン・マカオ内コタイ・アリーナでホセ・アルフレド・スニガとフライ級10回戦を行い、5回1分42秒KO勝ちを収めた。

2014年12月6日、カリフォルニア州グレンデールのシビック・オーディトリウムでアルマンド・バスケスと対戦し、4回1分37秒KO勝ちを収めた。

2015年7月25日、ハリウッドのフロレンタイン・ガーデンズでオマール・ソトとノンタイトル8回戦を行い、初回2分2秒KO勝ちを収めた[17]

2015年10月17日、マディソン・スクエア・ガーデンにてゲンナジー・ゴロフキンVSデイビッド・レミューの前座で、WBC世界フライ級王者のローマン・ゴンサレスと対戦。3回にキャリア初のダウンを奪われるなどゴンサレスに攻め続けられ9回2分53秒TKO負けを喫しWBA・WBOに続く王座獲得に失敗した[18]

2017年9月9日、スタブハブ・センターでミゲール・カルタヘナとスーパーフライ級8回戦を行い、5回44秒TKO勝ちを収めた[19][20]

2018年2月24日、カリフォルニア州イングルウッドザ・フォーラムで行われた「SUPER FLY2」で井岡一翔の王座返上に伴いWBA世界フライ級1位のアルテム・ダラキアンとWBA世界フライ級王座決定戦を行い、12回0-3(109-118×3)の判定負けを喫し4年10ヵ月ぶりとなる王座返り咲きに失敗した[21][22][23]。この試合でビロリアは5万ドル(約530万円)、ダラキアンは2万5千ドル(約270万円)のファイトマネーを稼いだ[24]。試合後に引退を表明した[25][26]

引退後

引退後はトレーナーに転身しWBO世界ミドル級王者のジャニベク・アリムハヌリのトレーナーに2023年から担当しIBF王座を獲得し2団体統一に貢献した[27]

獲得タイトル

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI