ブライアン・モラン (野球)

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生年月日 (1988-09-30) 1988年9月30日(36歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
210 lb =約95.3 kg
ブライアン・モラン
Brian Moran
アトランタ・ブレーブス(マイナー)
トロント・ブルージェイズ時代
(2020年7月27日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニューヨーク州ウエストチェスター郡ポート・チェスター英語版
生年月日 (1988-09-30) 1988年9月30日(36歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 MLBドラフト7巡目
初出場 2019年9月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ブライアン・ウィリアム・モランBrian William Moran, 1988年9月30日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ウエストチェスター郡ポート・チェスター英語版出身のプロ野球選手投手)。左投左打。MLBアトランタ・ブレーブス傘下所属。

実弟は同じくメジャーリーガーのコリン・モラン。元メジャーリーガーのB.J.サーホフリック・サーホフ英語版は叔父にあたる。

プロ入りとマリナーズ傘下時代

2009年MLBドラフト7巡目(全体204位)でシアトル・マリナーズから指名され、プロ入り。契約後、傘下のアパラチアンリーグのルーキー級プラスキ・マリナーズでプロデビュー。6試合に登板して1勝0敗2セーブ、防御率3.72、14奪三振を記録した。7月にA級クリントン・ランバーキングス英語版へ昇格。12試合に登板して0勝3敗、防御率2.89、17奪三振を記録した。

2010年はまずA級クリントンで22試合に登板し、4勝1敗3セーブ、防御率1.34、48奪三振を記録した。7月にA+級ハイデザート・マーベリックスへ昇格。17試合に登板して2勝0敗1セーブ、防御率1.42、29奪三振を記録した。9月にAA級ウエストテン・ダイヤモンドジャックスへ昇格。2試合に登板して防御率13.50だった。

2011年はAA級ジャクソン・ジェネラルズ[1]でプレーし、45試合に登板して5勝3敗、防御率4.60、63奪三振を記録した。

2012年はまずAA級ジャクソンでプレーし、24試合に登板して1勝2敗、防御率1.14、29奪三振を記録した。6月にAAA級タコマ・レイニアーズへ昇格。23試合に登板して3勝3敗2セーブ、防御率3.89、53奪三振を記録した。

2013年はAAA級タコマでプレーし、48試合に登板して2勝5敗4セーブ、防御率3.45、85奪三振を記録した。

2013年12月に行われたルール・ファイブ・ドラフトトロント・ブルージェイズから指名されたが、すぐにロサンゼルス・エンゼルスへ移籍した[2]

2014年3月29日に左肘の故障で、15日間の故障者リスト入りした[3]。4月8日にトミー・ジョン手術を受けることが発表され[4]、13日に60日間の故障者リストへ異動した[5]。この手術のため、同年は全休した。その後、ルール・ファイブ・ドラフトの規定に基づき、10月30日にマリナーズへ返却された。

2015年12月15日に再びルール・ファイブ・ドラフトで今度はクリーブランド・インディアンスから指名されたが、2016年3月31日に自由契約となった[6]

独立リーグ時代

2016年4月7日に独立リーグであるアトランティックリーグブリッジポート・ブルーフィッシュと契約した[7][8]

ブレーブス傘下時代

2016年8月10日にアトランタ・ブレーブスとマイナー契約を結び、傘下のAAA級グウィネット・ブレーブスへ配属された[6]

オリオールズ傘下時代

2016年12月8日にウェイバー公示を経てボルチモア・オリオールズ傘下のAAA級ノーフォーク・タイズへ移籍した[6]

独立リーグ復帰

2017年4月11日に再び独立リーグのブリッジポート・ブルーフィッシュと契約した[9][8]

ドジャース傘下時代

2017年7月14日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結び、翌15日にAA級タルサ・ドリラーズへ配属された。2018年7月14日に自由契約となった[6]

ロッキーズ傘下時代

2018年7月17日、コロラド・ロッキーズとマイナー契約を結び、翌18日にAA級ハートフォード・ヤードゴーツへ配属された。オフの11月2日にFAとなった[6]

マーリンズ時代

2018年12月3日にマイアミ・マーリンズとマイナー契約を結び、2019年スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった。

2019年、開幕から傘下のAAA級ニューオーリンズ・ベビーケークスで43試合に登板して2勝3敗、防御率3.15の好成績を残すと、ロースター枠の広がった9月3日に昇格。5日のピッツバーグ・パイレーツ戦で初登板を迎え、実弟であるコリン・モランを見逃し三振に取るなど1イニングを無失点で切り抜けた。その後チームは逆転したため、メジャー初登板でメジャー初勝利を得た。また兄弟選手が投手対野手かつ、別のチームの選手として対戦したのはメジャー史上初の出来事だった[10]

2020年1月15日にスティーブン・タープリーの加入に伴ってDFAとなり[11]、17日に自由契約となった[6]

ブルージェイズ時代

2020年2月7日にブルージェイズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[6]。7月23日にメジャー契約を結んで40人枠入りした[12]

マーリンズ復帰

2020年8月2日にウェイバー公示を経てマーリンズへ移籍した[13]。オフの10月28日にFAとなった[14]

レイズ傘下時代

2021年2月12日にタンパベイ・レイズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[15]。 この年のメジャーでの出場はなかった。

エンゼルス時代

2021年11月24日にロサンゼルス・エンゼルスとマイナー契約を結んだ。

2022年4月10日にホセ・キハダが怪我で離脱したことに伴い、28人枠入りして2年ぶりにメジャーに昇格した。1試合に登板したのち、4月18日にDFAとなった。4月21日にマイナー契約でAAA級ソルトレイク・ビーズに配属された[6]。ソルトレイクでは45試合に登板し、5勝2敗、防御率4.07という成績を残した。オフの10月7日にFAとなった。

ブレーブス傘下復帰

2023年1月30日にアトランタ・ブレーブスとマイナー契約を結んだ[16]。AAA級グウィネット・ストライパーズで38試合に登板し、2勝1敗2セーブ、防御率3.21を記録した。オフの11月6日にFAとなった。

2024年はAAA級グウィネットで27試合に登板し、2勝1敗、防御率5.91を記録した。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2019 MIA 10000010021.000296.1612121000334.261.26
2020 5000010001.000223.2516006005512.273.00
TOR 200000000----41.010000100000.001.00
'20計 7000010001.000264.261600700559.642.57
MLB:2年 17000020021.0005511.01228121700886.551.82
  • 2020年度シーズン終了時

年度別守備成績



投手(P)












2019 MIA 1001001.000
MLB 1001001.000
  • 2019年度シーズン終了時

背番号

  • 28(2016年)
  • 63(2019年)
  • 48(2020年 - 同年8月1日)
  • 60(2020年8月5日 - 同年終了)
  • 58(2022年)

脚注

関連項目

外部リンク

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