ブラジル独立百年記念万国博覧会

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BIE区分 未区分博覧会
名称 ブラジル独立百年記念万国博覧会
観客数 約300万人[1]
EXPO 1922–1923
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主要建築のひとつ、カラボッソ宮殿の絵葉書
概要
BIE区分 未区分博覧会
名称 ブラジル独立百年記念万国博覧会
観客数 約300万人[1]
会場
ブラジル
都市 リオデジャネイロ
会場 アヴェニーダ・リオ・ブランコおよびグァナバラ湾沿岸地区
登録博覧会
前回 サンフランシスコ万国博覧会
次回 フィラデルフィア万国博覧会(独立150周年)
認定博覧会
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1922年9月7日から1923年3月23日(または3月31日)にかけて、当時のブラジル連邦共和国の首都であったリオデジャネイロにて、祖国の独立(1822年9月7日)から100周年を祝して「ブラジル独立百年記念万国博覧会」が開催された[2][3]。本博覧会は、ブラジル政府が「近代国家としての姿」を内外に示す機会と位置付け、工業・移民・都市衛生・教育・交通インフラの発展を展示テーマとした[1]。来場者数は300万人超(当時の国内人口の約10 %に相当)とも報じられた[1]

背景

ブラジルは1822年9月7日にポルトガルからの独立を宣言した。この100周年を控え、第一次世界大戦後の国際情勢や国内の都市改造・産業振興の機運と重なり、1922年に記念博覧会の開催が決定された[3]。リオデジャネイロ市は中心部の都市再整備、特にモロ・ド・カステロ(Morro do Castelo)の切り取り・整地など大規模な都市改造を併行し、博覧会を契機とした都市景観の刷新を図った[1]

会期・会場

開催期間:1922年9月7日~1923年3月23日(または3月31日)[3]

会場:リオデジャネイロ市・グァナバラ湾沿岸およびアヴェニーダ・リオブランコ(Avenida Rio Branco)沿線地区に、国家館、州館および外国館などが新設された。[1]

参加国:およそ14〜16カ国(アルゼンチン、アメリカ合衆国、日本、フランス、イギリス、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、ポルトガル、メキシコ等)[3]

主な展示・意義

本博覧会では、以下のような展示および意義があった。

産業パビリオン、大型・小型工業館、農業・道路館、食料館、統計館、狩猟・漁業館、宝飾館、ポルトガル記念館など、多様なテーマ館が設けられた[3]

外国館として、英国館には大英戦艦「HMS Hood」「HMS Repulse」が期間中に寄港し、英国の支援と展示が象徴的に行われた[4]

ブラジル政府は、本催事を通じて「ブラジルは近代国家である」「工業・技術立国へ向かう」といったイメージを国内外に発信した[1]

一方で、先住民・アフロ・ブラジル系住民の表象が乏しく、文化・人種的な葛藤・近代化批判の視点も存在した[1]

遺産と影響

日本人の参加

脚注

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