国際花と緑の博覧会

1990年に大阪府の鶴見緑地で行われた国際博覧会 From Wikipedia, the free encyclopedia

国際花と緑の博覧会(こくさいはなとみどりのはくらんかい、:The International Garden and Greenery Exposition, Osaka, Japan, 1990)は、1990年4月1日から9月30日までの183日間、日本大阪府大阪市鶴見区守口市に跨る鶴見緑地で開催された博覧会国際事務局 (BIE) 認定の国際博覧会であり、またアジアで初めて開催された国際園芸家協会 (AIPH) の国際園芸博覧会(A1認定)でもある[2]。会場面積は約140haで、略称は「花の万博」「EXPO'90」(「花博」は通称であり正式略称ではない。)。「花と緑と人間生活のかかわりをとらえ 21世紀へ向けて潤いのある豊かな社会の創造をめざす」をテーマとし[3]、日本を含む83カ国と55の国際機関[4]、212企業・団体が参加した。総来場者数は2312万6934名[4]で、特別博覧会史上最高を記録した。博覧会名誉総裁は皇太子明仁昭和天皇崩御による天皇即位のため皇太子徳仁親王が就任。

BIE区分 国際園芸博覧会
名称 国際花と緑の博覧会
面積 140 ha[1]
観客数 2312万6934名
概要 EXPO 1990, 概要 ...
EXPO 1990
概要
BIE区分 国際園芸博覧会
名称 国際花と緑の博覧会
面積 140 ha[1]
観客数 2312万6934名
運営者 財団法人国際花と緑の博覧会協会
出展者
国数 83カ国(日本を含む)
団体数 55の国際機関
212企業・団体
会場
日本の旗 日本
都市 大阪市守口市
会場 鶴見緑地
経緯
初日 1990年4月1日
最終日 同年9月30日
登録博覧会
前回 1970年日本万国博覧会大阪府吹田市
次回 セビリア万博セビリア
認定博覧会
前回 ブリスベン国際レジャー博覧会ブリスベン
次回 ジェノヴァ国際博覧会ジェノヴァ
園芸博覧会
前回 リバプール国際園芸博覧会リバプール
次回 ハーグ・ズータメア国際園芸博覧会ハーグズータメア
インターネット
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国際花と緑の博覧会 中央ゲート(1990年9月2日
記念貨幣(5000円銀貨)

開催までの流れ

当初は、1989年大阪市市制100周年事業として、国内博覧会として開催する方向で準備が進められていた。鶴見緑地では1984年から、博覧会に向けてのイベントが定期的に開催されていた。

しかしその後、国の政策とも合致し国際博覧会として、1990年に開催されることになった。計画当初は「鉄冷え」と言われるほど日本経済は冷え込んでおり、閣議了解は民間活力導入を条件になされた。その後、1980年代後半辺りから日本経済はバブル景気を迎え、民間企業からの施設参加(資金提供等)は順調に推移、また民間企業からの寄付金の総額は国際博覧会史上最高を記録するなど、民間からの参加が順調に推移した。国内で大小数々のイベントが催されたバブル期でも最大規模の催事である。

シンボルマークとマスコットキャラクター

  • シンボルマーク
1986年10月23日を締切日として行われた指名コンペで勝井三雄の作品が選ばれ、同年12月5日に発表された[5]。生命の神秘さを一輪のきらめく華に例えた6弁の花のデザインとした。
  • マスコットキャラクター
デザイン募集が1987年4月1日から同年5月11日まで行われた。応募総数9,603点の中から森の中の世界で戯れる、かわいい花の妖精をイメージした蔵前侑吏恵(くらまえゆりえ)の作品が選定され、審査委員長の手塚治虫が立体デザインをリライトの上、同年7月3日に発表された。その後、同年7月6日から8月15日まで愛称が募集された。応募総数29,267通の中から「花ずきんちゃん」が愛称に選ばれ、同年10月2日に発表された[5]
は当時若手の林原めぐみが担当しており、ハローキティと同じ声質だった。

開場時間

「都市型博覧会」ということを考慮して、当初、深夜帯までの開場も検討されていたが、最終的には上記の時間帯に設定された。

入場料

  • 大人普通入場券 2,990円
  • 中人普通入場券 1,550円
(1990年4月1日現在で満15歳以上18歳未満の者)
  • 小人普通入場券 820円
  • 大人特別割引入場券 1,550円(身障者のみ)
すべて消費税(当時は税率3%)込。
夜間入場料は、上記の半額となっていた。
顔写真入の全会期通用入場券も発売された。こちらは開催前のみの販売。
※ チケットは大蔵省印刷局製造。テレホンカードと同じ素材。

来場者数

会期183日間(1990年4月1日〜9月30日)の総入場者数は23,126,934人で、これは当時の「特別博(BIE登録博覧会に次ぐ認定博)」として史上最多を記録した[6][7]

この数字は、同じBIE公認の「特別博(Recognized Expo)」(国際園芸博覧会含む)としては現在(2025年時点)においても世界歴代1位の動員数であり、以降の特別博(認定博)の中でこの記録を超えた事例は存在しない。たとえば、次点となる1985年の国際科学技術博覧会(つくば万博)の来場者数は20,334,727人であり[8]、 国際園芸博覧会史上の次点に位置する2019年北京世界園芸博覧会(来場者数:964万人)と比較しても、その規模は突出している[9][10]

来場者数の多さでは、歴代の登録博(一般博)にも匹敵する例外的な成功事例とされており、博覧会の開催期間中には連日10万人を超える来場者が訪れ、夏に20万人、終盤には1日最多37万人を記録した[11][12]

また、外国人来場者は約90万人に達し、国内外の造園・園芸・環境デザイン分野の専門家や教育関係者が多数来訪し、国際園芸博としての専門性と多様性の高さも評価された[13][14]

経済効果・レガシー

国際花と緑の博覧会は、総事業費約1,300億円[注釈 1](うち運営費約770億円)を投じて開催され、経済波及効果は2兆6,991億円と算出された[15][16]。 会期中には2,300万人を超える来場者が訪れ、宿泊・交通・飲食などの関連産業が活性化したほか、鶴見緑地周辺の都市基盤整備、地下鉄長堀鶴見緑地線の建設など、東部大阪地域の再開発促進に寄与した[7][6]

博覧会の成果を引き継ぐものとして、建設省は都市空間における緑の創造を進める「都市緑化技術開発機構」(現・都市緑化機構)を設立し、農林水産省は花の生産や流通を促進する「花普及センター」(令和7年度解散)を設立した。その後、「自然と人間との共生」という理念を継承、発展させるための「財団法人国際花と緑の博覧会記念協会」が設立され、コスモス国際賞や助成事業などを行っている。

また、博覧会を契機として「花のまちづくり」運動が全国的に展開され、ガーデニングをはじめ、都市緑化や環境意識の向上に大きな影響を与えた。農林水産大臣・建設大臣(現・国土交通大臣)の提唱により翌1991年より「全国花のまちづくりコンクール」を創設し、地方自治体の緑化政策推進が制度的に定着する契機となった[17]

会場跡地は会期終了後に「花博記念公園鶴見緑地」として整備され、温室施設「咲くやこの花館」や国際庭園、中央広場など、博覧会当時の構造物の一部が保存・再利用されている[18]。 特に「国際庭園」は、当時参加した55の国・地域の協力により設計・施工された庭園群で、現在も一般公開されており、国際博覧会の遺産として文化的・観光的価値を保っている[19]

批評と課題

開催時の発表によれば、博覧会による新規需要は5,620〜5,760億円、経済波及効果は9,440〜9,700億円とされた[20]。後年の建設省建設経済局の資料では、経済波及効果は2兆6,991億円[15]とされている[注釈 2]。一方で会場跡地である鶴見緑地では、博覧会後は、大阪市の管理に戻されたが、象徴的建造物「いのちの塔」をはじめとする遺構の管理・稼働が長年課題となっている。塔内部は閉鎖状態が続き、雨漏りなどの老朽化が報告されており、維持管理費が大阪市の財政負担となっている[23]。 大阪市は「いのちの塔」について、現時点で具体的な活用案がなく、撤去する方針を示している。しかし、撤去費用は約4億円と見積もられており、その財政負担の大きさが課題となっている[24]。また、公園内のホールや展示施設の利用率についても十分とは言えず、有料入館率がキャパシティの2〜3割にとどまるなど、運営面での収益化が課題となっている[25]。 さらに、遺構の維持・管理には光熱費・修繕費・植栽管理など継続的な支出が伴うため、長期的な持続可能性を考慮に入れると、来場者確保や活用のあり方に再考が求められる状況にある[26]。会場となった土地は廃棄物最終処分場を再生したものであり、その整備は、単なる環境美化にとどまらず、「廃棄物処理から都市緑化への転換」という先駆的な試みとして高く評価された。1980年代の都市政策においても象徴的な成果とされ、環境再生と都市景観の調和を実現した好例として位置づけられている。しかし、その都市緑化政策の潮流を背景に、理念とイベント性が先行し、実際の土地利用計画は後景に退いたとされる。会期後の跡地利用は明確な恒常計画を欠き、後天的・部分的な再編にとどまった。結果として、跡地の有効活用に課題を残したと指摘されている[27][28]

会場内施設・パビリオン

会場内は「野原のエリア」「街のエリア」「山のエリア」の大きく三つのエリアに分かれていた。

野原のエリア

会場中央の大池「いのちの海」を取り囲む花一杯のエリア。

  • いちょう館(大阪府
    時空快速艇「カラノ」に搭乗し、未来の大阪にタイムスリップ。休憩所や催事場として設営されていた「好きやねんプラザ」は毎週金曜夜間はディスコとして運営されていた。
  • アレフ(クボタセゾングループ
    大池で行われた噴水ショー。池が真っ二つに割れる演出が話題となっていた。
  • 国際展示水の館
    とある出展ブースにてひっそりと月の石が展示されていた。
  • 国際展示光の館
  • 国際展示大地の館
    水の館・光の館に展示品が入り切らなくなったため、急遽追加で建てられた。
  • 花桟敷・花の谷
    合わせて2ヘクタールもあり、四季の花々が入場者を迎えていた。

街のエリア

企業出展の大規模なパビリオンや飲食店・遊園地ゾーンなどが建ち並ぶ賑やかなエリア。三つのエリアの中で最大面積を誇り、入場者の約8割が足を運んだ。

  • JT館 ジョイフルタイム アドベンチャー
    ダークライド型パビリオン。謎の王国に囚われた妖精を救うため、「ノア号」に乗り込み怪鳥と闘う「シミュレーションライドシステム」。
  • ふしぎな森の館・松下
    アンリ・ルソーの絵画の世界を、松下のハイテクで再現。
  • シネラビリンス ガスパビリオン(日本ガス協会
    映画の内容を選択しながら先に進んでいく映像迷路。ガスを使用した展示品も人気があり、その中でも自動的におにぎりを作る「おにぎりロボット」が人気だった。
  • 大輪会 水のファンタジアム(企業40社)
    水・光・炎・音が乱舞する「ウォーターディスコショー」。
  • 芙蓉ミュージカル・シアター
    ワイヤーを使用した華やかなミュージカルを披露。
  • ダイコク電機「名画の庭」
    絵画庭園。安藤忠雄が設計したコンクリートの建造物に、巨大な陶版画が注目を集めていた。花博で展示された4点と、その後に作られた4点の合計8点は、現在京都府立陶板名画の庭に展示されている。
  • グリーンミュージアム(富士カントリーグループ 企業4社)
    バルビゾン派から素朴派までの絵画や写真作品の展示。
  • 花博写真美術館(キヤノン日本経済新聞社日本生命オムロン日本ポラロイド近畿測量専門学校ほか企業20社)
    レトロから最新のカメラの展示・借し出し。写真作品の展示など。
  • 100年先の「の~んびり村」(未来指向型企業グループ17社・団体)
    OSGコーポレーション、日本電気保安協会等大阪府の中小企業を含む企業連合による合同パビリオン[29]。また財団法人「亜細亜技術協力会」が出資を募集した。当初は入館者は個人情報を記入していたが、悪用のおそれがあるとして半月程で中止となった。の〜んびり村の催しに対して全国霊感商法対策弁護士連絡会霊感商法の被害拡大につながるおそれがあるとして万博協会に調査と指導を申し入れた。日韓トンネルに関するアニメーションを上映するなどし、国会で統一教会とのつながりの疑いが指摘された[30]
  • サントリー
    世界最大の立体映像を上映。
  • 住友
    ダグラス・トランブルが担当を務めた最新の特撮映像を公開。
  • EXPO'90 日立グループ館日立グループ
    世界最大のハイビジョンシアター。パビリオンは同グループのCM「日立の樹」をモチーフとしている。
  • 三井東芝
    「ホロビジョンシステム」を駆使したロボットショー。ディズニーランドのデザインなどを手掛けたボブ・ロジャーズ (Bob Rogers (designer)) が演出を手掛けたアニメーション「フラワープラネット」も同時公開[31]
  • 三和みどり館(みどり会
    前方と足元のスクリーンに映像が映し出される「マジックカーペットシステム」で独特の浮遊感を体験。
  • ハートピア・空の筏パビリオン(三金会
  • キャンディキャッスル館(日本菓子加工食品振興協会)
    ヘンゼルとグレーテルの世界をモチーフにしたスタンプラリー。ゴールはケーキの城「キャンディキャッスル」。
  • フローラドーム(郵政省NTTKDD
    大型全天周フルカラーの映像上映、映像の中に飛び込んだような迫力を体験。
  • ひかりファンタジー 電力館(電気事業連合会
    ダークライド型パビリオン。坂本龍一の音楽に乗って光が飛び回る異空間を「ルミナー号」に乗って体験。クライマックは100万個の光源が作る大響会。
  • 三菱未来館三菱グループ
    360°全天周映像で、上下左右を映像に飲み込まれる不思議体験。
  • 富士通パビリオン
    全天周3DフルカラーCG映像作品『ユニバース2-太陽の響(ひびき)- "Echos of the Sun"』を上映。映像は1分間に1億円以上かけられていた超大作。『ユニバース2』はのちに大阪・京橋OBP富士通関西システムラボラトリ横に仮設された専用劇場や千葉・幕張富士通ドームシアター(2002年9月末閉館)でも上映された。
  • いんなあとりっぷ館(霊友会
    ダークライド型パビリオン。「メビウスライド」に乗って絵本の世界を体験。ライド自体が円形をしており、半円状に乗車部が二つ、背中合わせに作られており、一台のライドに二観客グループが搭乗する。また全ライドが円形に配置された状態で内周側展示、外周側展示を順に合計二周する珍しい構造になっていた。
  • 生命の大樹・いのちの塔
    EXPO'90に因んで高さは90メートル。会員になると館内のコンピュータに写真やメッセージを永久保存することができた。
    会期中、出資者の財政難より一時期入館料の徴収が行われたが、これは博覧会協会の指導により中止された。
  • 咲くやこの花館大阪市
    全面ガラス張りの日本最大級を誇る大温室。
  • 花の江戸東京館(東京都
    江戸文化の紹介・実演など。変化アサガオが話題となった。
  • メインホール'90
    開会式・閉会式ほか主要イベントが、ここで開催された。会期終了後、保存して運用を続けることも検討された。
  • テアトル花座
    ミュージカルなどが上演された。
  • マジカルクロス(遊園地)
    27種類の遊戯施設が建ち並ぶアミューズメントゾーン。ヨーロッパのお祭り遊園を再現した「キルメスゾーン」とアメリカンスタイルな「パークゾーン」の2エリアで構成されていた。1985年に開催された「国際科学技術博覧会」の遊園地ゾーンをはるかに上回る規模で展開され、博覧会の見所の一つとなっていた。人気No.1の乗り物は、立ち乗りジェットコースターの風神雷神。「マジカルクロス」の運営は「阪急電鉄」「泉陽興業」「京阪電気鉄道」によって行われていた。

山のエリア

「国際庭園」が点在する異国色豊かなエリア。テーマ館「政府苑」や、いくつかの企業パビリオンも、このエリアに出展されていた。

  • 政府苑(日本国政府 建設省農林水産省
    世界最大の花ラフレシアや屋久杉の根株の展示が話題となった。
  • 国際陳列館
    様々なイベントを開催。4階にはヨーロッパ20都市が共同で出展したヨーロッパパビリオンがあり、各都市の文化などを紹介。また、モネやピカソ等の各美術館の名画が並び、話題となった。
  • 花と緑・日本画美術館(第一不動産グループ)
    日本画壇を代表する51人の新作(テーマは「花と緑」)を展示。安田生命が58億円で購入したゴッホの「ひまわり」が話題をなった。
  • シャロン館 鳥の王国
    バードケージに放たれた達(約1,000羽)の王国を、ボートに乗って探検。
  • 大きな夢の小さな街「ミクルのくに」(日本生命ほか20社)
    少年「ミクル」が住む街をミニチュアで表現。
  • ゴールデンベルパビリオン(江崎グリコサッポロビール三洋電機DUNLOP椿本チエイン・東洋不動産)
    最も美しく・難関だと言われるゴルフコース、「オーガスタナショナルゴルフクラブ」の12番ホールを再現。
  • 国際庭園
    博覧会の見所の一つ。様々な国が、その国独自の個性溢れる庭園を出展していた。パキスタン庭園は完成が開幕に間に合わず、完成までの間は庭園造りの様子そのものが展示代わりとなり、思わぬ人気を博していた。
  • 花木苑 生活の庭・夢の庭・日本の庭
    企業出展による庭園。
  • ふるさとの庭(スポットガーデン)
    国内各都道府県が出展した庭園。
  • さぼうランド(建設省)
    大阪一・日本一・世界一の大雨を体験することができた。

会場内の交通手段(四つの交通システム)

会場内を遊覧・移動するために、四つの交通機関が出展されていた。

  • ウォーターライド「アドベンチャークルーズ」(ジャスコイオングループ
    「中央ゲート駅」と「街の駅」を結んだ3両連結の大型ボート(72人乗り)。イメージキャラクターは「銀河鉄道999」のヒロイン「メーテル」。開幕直後に発生した事故(これについては後述)の影響で約3か月間運航を休止した。
  • ロープウェイ「フラワーキャビン」(アコム他企業体)
    「祭りの大通り駅」と「山の駅」を結んだロープウェイ
  • CTM「パノラマライナー」(三越他企業体)
    磁石の原理を利用した、最新の短距離交通システム。「街の駅」と「山の駅」を結んだ。
  • SL義経「ドリームエキスプレス」(JR西日本
    山のエリア内の「風車の駅」と「山の駅」を結ぶSL鉄道。7100形蒸気機関車「義経号」が客車を牽引して運行していた。

会期中の主な出来事

開会式

1990年3月31日、名誉総裁である皇太子による開会宣言が行われて花の万博は開会した。開会式の様子はNHKで中継された。一般公開は翌日の4月1日から同年の9月30日までの183日間だった。

開幕日当日の4月1日には、航空自衛隊ブルーインパルス」が祝賀飛行を行い、会場上空にチューリップマークを描いた。

事故のお詫び看板

ウォーターライド転落事故

開幕2日目の4月2日、会場内を水力を使って遊覧するウォーターライドジャスコイオングループ出展)が高架水路(高さ7メートル)から転落する事故が発生し[32]、乗客・コンパニオン合わせて24名が重軽傷を負う事故が発生した[33]。事故の影響でウォーターライドは約3か月間、運行を中止し、安全確認を強化することで7月12日から運行を再開した[34]

この事故の後も、他の交通システムや、遊園地ゾーン「マジカルクロス」の乗り物などで、部品落下[35]や緊急停止などのトラブルが相次いだ。

映画監督の大森一樹によれば、当時イオングループ主導によるヨット映画の制作が東宝で進んでいたが、本事故を受けて制作中止となった[36]

ミス・フラワークイーン大会

4月14日には各国の美女を迎えて「ミス・フラワークイーン・ページェントEXPO'90」が開催された。これは朝日放送が主催し、アメリカ合衆国ロサンゼルスで開催されたミス・ユニバース1990に合わせて行われたイベントで、アメリカ代表のブレンダ・レイスレイターが優勝した。会場の外ではミス・コンテストに反対する活動家の抗議行動が行われた[37]。閉会式が迫った9月15日にはミス・インターナショナルミス・ワールドの日本大会が開催され、前者の日本代表には高田美穂、後者には岩崎朋子が選出された[38]9月16日にはミス・インターナショナル世界大会も開催され、スペイン代表のシルヴィア・デ・エステバンが優勝した[39]

入場者数1000万人突破

入場者は日増しに増え、6月20日には入場者数が早くも1000万人に到達した[40]

秋篠宮夫妻来場

ご成婚後の初公務として、7月23日に来場された[41]

猛暑

1990年は史上2番目(当時)の記録的な猛暑となった。特にアスファルトが敷き詰められた博覧会会場の暑さは尋常ではなかった[42]

入場者数2000万人突破

9月15日に、予定より早く目標であった入場者数2000万人をクリアした[43]

台風19号来襲

1990年台風の当たり年となり、1年に六つもの台風が上陸した。その中でも台風19号は強い勢力を保ったまま9月19日関西地方に上陸し、博覧会史上初めて閉場時間を早め(午後3時)、入場者数に影響した。

閉会式

1990年9月30日、183日間の会期を終え閉会式を迎えた。閉会式では今後開催予定のセビリア万博などの万博旗の授受などが行われた。当日は台風20号の影響で暴風雨となったが、午後1時半に入場者数2,300万人を突破し、最終的には総入場者数が2,312万6,934名を数えた[44]

テーマソング

様々な歌手によってテーマソングが歌われた。

記録

  • パビリオンの最多入場者数
    743万人(政府苑で記録)
  • パビリオンの最長待ち時間
    6時間(JT館や電力館で記録)
  • 立ち乗りジェットコースター「風神雷神」利用者数
    230万人(遊園地ゾーン「マジカルクロス」の乗り物の中で、1番の利用者数である)
  • 1日最多入場者数
    370,752人(9月23日)[46]
  • 場内最大観客数
    224,928人(9月23日 13:48)[46]
  • ゴミ排出量(1日平均)
    39.63トン[47]
  • 電力使用量(1日平均)
    28.5万KWH(一般家庭換算30,600戸分)[47]
  • 上水使用量(1日平均)
    6,750立方メートル(一般家庭換算10,100戸分)[47]
  • ガス使用量(1日平均)
    14,260立方メートル(一般家庭換算12,300戸分)[47]
  • 忘れ物総数
    35,418件[47]
  • 現金の忘れ物総額
    7383万円[47]
  • 経済波及効果
    2兆6,991億円[46]

会場への交通

鉄道

ひかり花の万博号の指定席特急券

会場への交通手段として、京橋駅鶴見緑地駅を結ぶ日本初の鉄輪式リニアモーター地下鉄である大阪市営地下鉄鶴見緑地線(現:Osaka Metro長堀鶴見緑地線)が建設された。鶴見緑地駅では会期中計9,419,892人の乗車客、8,737,739人の降車客を記録した[48]

また、京阪では守口市駅特急が臨時停車していた(鶴見緑地駅と同様に会場から近かったため、京阪バスが多く運行されていた)。

JRでは、以下の臨時列車が運行されたほか、エル特急雷鳥」の一部が茨木駅に臨時停車した。

バス

以下の場所と会場との間に直通シャトルバスが運行された。シャトルバス7ルート28社局の輸送人員は508.6万人だった[49]

輸送人員は118万6698人、延べ便数は3万6070便に及んだ[49]
これに合わせて大阪市営地下鉄(現・大阪メトロ御堂筋線中津駅 - 天王寺駅間の折り返し列車が、会期中の昼間の列車に限り新大阪駅に延長運転された。しかし、好評だったため会期終了後も続けられ、のちに夜間時間帯にも拡大している。
同社に限りシャトルバスとは別に一般路線バスも別経路で同時期に新規に設定(これについては現在廃止されている。またこれとは別に1985年に設定された門真19号経路もあり、これは2009年に営業所が移管され寝屋川19号経路となったものの、2019年現在でも運行している)。

公式には上記7箇所から直通シャトルバスが出ていたが、下記の場所からも運行されていた。

また、路線バスとして以下の場所からも運行した。

高速バスも開設された。

なお、鶴見緑地公園の整備に伴い、整備区域にかかることになった近鉄バス茨田営業所(鶴見通沿いの諸口停留所前)が移転を余儀なくされ、開幕前年の1989年近鉄バス稲田営業所を設置して移転した。

関係者

博覧会を取り扱ったテレビドラマ・アニメ・小説など

当時のドラマアニメ小説などで、博覧会が登場することもあった。

  • NHK連続テレビ小説「和っこの金メダル」(1989年10月2日 - 1990年3月31日放送)の最終回で、博覧会に主人公と息子が行く場面や、空撮で会場を撮っている場面が登場している。
  • フジテレビ系列放送のサザエさんで、一家が博覧会を訪れるエピソードが放送された。また、オープニングには毎週、マスコットの「花ずきんちゃん」が登場していた。サザエさん一家は主要な公設パビリオンや庭園のほか、民間パビリオンでは唯一、三井・東芝館を訪れている[50]
  • 同じくフジテレビ系列放送のアニメ『キテレツ大百科』でも「真夏の花博で大百科外伝をみつけ出せ」という回で、登場人物らが博覧会を訪れるというエピソードが放送された。
  • 斎藤栄著の小説に「大阪花博殺人旅愁」がある。

このほか、博覧会会場内に特設されたサテライトスタジオでは、読売テレビが、来場客を回答者としてスタジオに招きクイズ番組「クイズ!花博ランド」を生放送していた(平日午前の帯番組。司会はタージン)。

後援映画

『花物語』- 後援映画として前年1989年夏より大映の配給で公開する。

博覧会閉幕後

会場

会場跡地は花博記念公園鶴見緑地として整備されている。無料で入ることができ、市民の憩いの場となっている。博覧会閉幕と同時に、ほとんどすべてのパビリオン乗り物等は撤去されたが、下記の施設は現在も存在している。

現在は1階が花博記念ホール(陳列館ホール)、2階が国際花と緑の博覧会記念協会事務局である。3 - 4階は生き生き地球館(市立環境学習センター)として運用されていたが、2014年3月30日に閉鎖された。
  • 国際展示 水の館
現在は西半分が市営のスポーツセンター、東半分が汎用展示会場ハナミズキホール(水の館ホール)として運用されている。
  • 花の谷
  • 花桟敷
  • 国際庭園
  • 風車
花の万博開催のための鶴見緑地の大規模改修工事前より存在。
  • むらさき亭
鋼板葺・寄棟造りの本格的な茶室で、日本庭園の中にある(有料)[51]
  • 迎賓館
現在は結婚式場「鶴見ノ森 迎賓館」として運用されている[52]

出展物のその後

「山の駅」
現:福知山線 柏原駅丹波市
「風車の駅」
現:小浜線 若狭本郷駅おおい町
国際花と緑の博覧会の「ふるさとの庭に千葉市が展示したモニュメント
「義経号」(京都鉄道博物館)

乗り物関係のその後

郵便局

会場内に設置された「花の万博郵便局」は、閉幕後、残務処理を行う会場内各施設の利便性のため、会場中央にあった本局だけが閉会後もしばらくの間営業を続けていた。この郵便局はゲートの中にあったにもかかわらず、ゲートで郵便局を訪問したい旨を告げるだけで、一般人でも正門ゲートのみからの入場が可能であった。このため、正門ゲートから郵便局の間に限るが、後片付けや建物の解体の様子が観察できた。ただし、風景印定額貯金記念証書などの使用は会期中だけであった。

関連団体

花の万博の翌年には理念継承法人として財団法人国際花と緑の博覧会記念協会が設立され、平成25年4月1日より公益財団法人[53]となった[54]

脚注

注釈

関連項目

外部リンク

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