プライス方程式

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プライス方程式(プライスほうていしき、: Price equation)は、生物集団における形質(ないし対立遺伝子)の頻度分布が世代間でどのように変化するかを記述する等式であり、形質の頻度分布の変化を「自然選択」と環境や変異などの「自然選択以外」の2つの要因で説明し、自然選択を形質と適応度の間の共分散を用いて記述する。「方程式」という名称であるが、特に仮定を置かずに常に成り立つ式(すなわち恒等式)である[1]

プライス方程式は、ロンドンでW.D.ハミルトン血縁選択に関する研究を再導出するために研究していたジョージ・R・プライスによって導出された。プライス方程式の例は、様々な進化のケースについて構築されてきた。プライス方程式は経済学にも応用がある[2]

プライス方程式の使用に関する批判的な議論は、ファン・フェーレン(2005年)[3]、ファン・フェーレンら(2012年)[4]、およびファン・フェーレン(2020年)[5]で見ることができる。フランク(2012年)はファン・フェーレンら(2012年)の批判について議論している[6]

定式化

正の選択を受けた形質の例

ある生物の集団が遺伝型の違いによりのタイプに分けられるとし、この集団の現在の世代におけるタイプの頻度をとする[7][8][9]。この生物は何らかの量的形質[注 1]を持ち、タイプの生物におけるその量的形質の値をとする[7][8][11]

次にこの集団の子孫の世代を考え、子孫の世代におけるタイプの頻度をとする。子孫の世代では環境の変化などの要因によりタイプの量的形質がになったとし、の期待値との期待値の差

とし[7][8][9]

とすると次が成立する:

補題  上記のように記号を定義するとき、以下が常に成立する[9]

ここで[注 2]

上式をさらに変形するため、記号を定義する。タイプの各個体が残した子孫の数をとし、これをその個体の適応度[注 3]と呼ぶ。の期待値

とすると[7]が子孫の世代におけるタイプの生物の頻度であったことから(集団に属する個体数をとすると)、

である[7]

以上の記号を用いると、前述した式の右辺第一項および第二項は以下のように変形できる:

補題[9][注 4][注 5]   

ここで共分散であり、の積の期待値である:


以上の議論から、次が成立する:

性質 (プライス方程式)  上記のように記号を定義するとき、以下のプライス方程式が常に成立する[7][注 5]

 …(Eq. 1

解釈

プライス方程式の右辺第一項は、自然選択の効果によりタイプの個体の頻度が変化したことによる項である[1][9]。この項は適応度()と形質値()の間の共分散に等しく、共分散が正/負であれば、量的形質の値は次世代において集団全体で平均的に上昇/減少するので、共分散が正/負であれば、この量的形質は有益/有害であると解釈できる。

右辺第二項のは自然選択以外の効果を表す項であり[1]、例えば環境変化による影響[1]変異などにより量的形質自身がだけ変化したことを表す[9]。この項は子孫の世代における頻度に関しての期待値を取った項であるが、であったので、元の世代の頻度に関して適応度で重みづけたの期待値とも等しい。

プライス(1972年)はを「環境変化」項と呼んだ。プライスは以下のように説明する:

フィッシャーは、優性エピスタシスを環境効果であるとみなすという、少々変わった視点を採用した。 例えば、彼は次のように書いている(1941年): 「遺伝子対の割合の変化そのものが、その種の個体が置かれた環境の変化を構成する」。 それゆえ彼は、Mに対する自然選択の効果は遺伝子頻度の変化による相加的または線形的な効果に限られると考え、それ以外のすべてのこと(優性、エピスタシス、集団圧力、気候、他の種との相互作用)は環境の問題と考えた。G.R.プライス(1972年)[12]

原因分析

プライス方程式は適応度を量的形質および何らかの予測変数(各は例えば以外の量的形質)を用いて

のように線形回帰で説明するケースにおいて用いられることも多い。ここでは回帰係数であり、は誤差項である[注 6]。上式をプライス方程式に代入すると、以下の式が得られる:

性質  上記のように記号を定義するとき、以下が成立する[13]

 …(Eq. 2

ここでの分散

である。

相加的遺伝価

量的形質は何らかの予測変数を用いて

のように線形回帰できるとする。ここでは回帰係数であり、は誤差項(期待値は)である。

定義  タイプの個体の量的形質を上述の線形回帰によりと書く。ここではタイプの値である。

と定義し、タイプの個体の相加的遺伝価[訳語疑問点](: additive genetic value)もしくは育種価[訳語疑問点]: breeding value)という[14]

定義より誤差項を無視すれば、が成立する[14]

相加的遺伝価の典型的な応用例としては、生物のいずれかの遺伝子座に着目し、その遺伝子座に個の対立遺伝子があり、その番目、…番目の対立遺伝子の数をそれぞれとする、という場合がある[14]

この応用例の場合、であるので、この関係式により浮いた自由度を使ってを消すことにより[注 7]

としてよい[14]。これをプライス方程式に代入することで以下が成立することが分かる。

性質  上述の状況下で以下が成立する:

応用

フィッシャーの自然選択の基本定理

プライス方程式において、量的形質として自身を取り、さらに世代間で適応度の差である場合を考えると、以下が成立することがわかる:

性質 (フィッシャーの自然選択の基本定理)  プライス方程式と同様に記号を定義するとき、以下のフィッシャーの自然選択の基本定理が常に成立する[1]

は平均適応度の変化量であり、進化の速度を表していると解釈できるので[1]、この定理は、生物集団内における適応度の分散が大きいほど、進化の速度が大きいことを意味していると解釈できる[1]

血縁選択とハミルトン則

本節では血縁選択の概要と、血縁選択に関するハミルトン則について述べ、ハミルトン則がプライス方程式の立場から再定式化できることを見る。

概要

ハチアリなどの真社会性の生物では、一部の個体(働きバチ・働きアリ)は全く繁殖せず、他の個体(女王バチ・女王アリ)の繁殖を助けることに一生を費すという利他的行動を取る。こうした行動は「生物は自らの子孫をより多く残すように進化する」という自然選択説の予測に反するように見える。

血縁選択はこうした利他的行動を説明するためにハミルトンにより導入された概念であり、従来の自然選択説が各個体自身の繁殖成功度合い(直接適応度)のみを考えていたのに対し、血縁選択説ではその個体と遺伝子を共有する血縁個体の繁殖成功をも考慮した適応度(包括適応度)を最大化する形質が進化すると予測する[15]

すなわち、ある個体に着目するとき、個体が別の血縁個体と遺伝子を共有している割合(血縁度)をとし、が血縁個体に対して行った利他的行動によりの適応度がからに下がり、代わりに血縁個体の適応度が倍上昇するとき、包括適応度

により定義すると、包括適応度がより大きくなる

  …(Eq. H1

の場合に利他的行動が進化すると予測する(ハミルトン則[16][17]

なおの血縁個体がと複数いる場合は、各血縁個体に割り振るコストはとなり、各個体から得られる適応度もとの血縁度を用いてと書けるようになることから[注 8]、包括適応度はとなるので、血縁度の平均

  …(Eq. H2

に対してハミルトン則が成立することになる。

プライス方程式による再定式化

ハミルトン則はプライス方程式により再定式化することが可能であり、この再定式化により包括適応度の概念をプライス方程式の立場からより一般的に説明できる。

ある生物集団における個体の協力度とする。

さらにこの個体の適応度[注 9]

と線形回帰できるとする[18][19]。ここでは個体と相互作用する個体(個体自身を含む)の協力度の平均であり[注 10]は個体によらない定数であり、は誤差項である。直観的にはは他の個体の協力によって個体の適応度が上がる度合いであり、は個体が他の個体に協力することによるコストである[18][19][注 11]

このとき、プライス方程式と(Eq. 2)を上述の状況に対して用いることで次が成立することがわかる:

性質 (ハミルトン則のプライス方程式による再定式化)  上述のように記号を定義するとき、

 …(Eq. K1

とすると、協力度の平均値の変化

を満たす必要十分条件は

 …(Eq. K2

であることである[18][19][注 5]

上記の性質について3つ注釈を述べる。第一に、上記の性質は(Eq. K2)が成り立てば協力度の平均値が上昇すること、すなわち協力関係が進化すること(そしてその逆も成立すること)を意味している。

第二に、(Eq. K2)の右辺は、(証明からわかるように)プライス方程式の第二項で割ったものである。プライス方程式の第二項は自然選択以外の効果を表す項であったので、そのような効果がなければ(Eq. K2)の右辺はであり、(Eq. K2)は前節で述べたハミルトン則(Eq. H1)と形の上では一致する。両式に登場するの定義は異なるが、適切な条件下ではこれらの定義が一致することを次節で見る。

第三に、回帰分析では回帰係数と呼ばれ[18]が変化したときがどの程度変化するのかを表す指標である[18]。すなわち、個体の協力度を上昇させることが、個体と相互作用する個体(自身も含む)の協力度の平均値にどの程度影響するかを表している。

血縁度による定式化との関係

前節はプライス方程式から導出した式(Eq. K2)が(自然選択以外の効果がなければ)形の上ではハミルトン則(Eq. H1)と一致することを見たが、両式に登場するの定義はそれぞれ(Eq. H2)、(Eq. K1)であり異なるものであった。本節では適切な条件下ではこの2つのの定義が一致することを見る。

の2つの定義を区別するため、(Eq. H2)、(Eq. K1)により定義されたをそれぞれとする。

ある個体と相互作用する個体達の協力度をとすると[注 12]、(Eq. K1)に登場するはこれらの平均になるので、(Eq. K2)より

 

が成立する。

さて、ある2倍体の生物からなる集団を考え、この集団に属する個体の協力度は相加的遺伝するとする。協力度を持つ個体と協力度を持つ個体とが血縁関係にあり、両者の持つ個体の血縁度をとすると、前者の個体の協力度に関する遺伝子がだけ後者の個体に遺伝する。後者の個体の持つ対立遺伝子のうち以外は協力度を持つ個体とは独立な乱数により決まるとすると、

となるので、共分散の線形性から

となるので(Eq. K1)より

 

となりの2つの定義が一致することが示された。

グループ選択

ある生物の集団が個のグループに別れているとし、各グループにはタイプ個の個体がいるとする。この集団に属する生物は協力度を表す量的形質を持っており、グループのタイプの個体の頻度を、量的形質を、適応度をとする[20](これまで同様適応度は子孫の数を示し、したがって正の値であることを仮定する)。

さらにグループにおける量的形質の平均および適応度の平均

where

とし、量的形質および適応度の全グループにわたる平均(これはグループ平均の平均に等しい)を

とし、の平均からの差を

とし、

とし、さらに記号

 

により定義する[20]回帰分析では回帰係数と呼ばれる量である)。

性質  記号を上記のように取り、各グループには自然選択以外の効果がないこと(すなわちグループに関するプライス方程式の2項目がないこと)と、が定数であることを仮定する。

このとき、協力度の平均

を満たすこと(すなわち協力度が次世代で増加すること)の必要十分条件は

…(Eq. G1

が成立することである[20][注 5]

解釈

式(Eq. G1)の左辺は

(グループ間選択の強さ)/(グループ内選択の強さ)

と解釈できる[20]。なぜならプライス方程式の自然選択の項は前述のように

であるので、分散の大きさは自然選択による形質の変化と比例するからである[20]

よって式(Eq. G1)の左辺は、分子であるグループ間選択の強さが大きく、分母であるグループ内選択の強さが小さいほどグループ内における協力性が維持されやすいことを意味する[20]

一方、式(Eq. G1)の右辺は

(協力的な個体がグループ間選択で不利になる度合い)/(協力的な個体が多いグループの適応度が他のグループに比べて上がる度合い)

と解釈できる[20]。実際、回帰係数は単回帰分析において、からを求めるときの比例係数であるので、(Eq. G1)の右辺の分母はグループの協力度の平均がグループの適応度の平均を押し上げる比例係数である。(Eq. G1)の右辺の分子も同様。なお、分子のみ符号がマイナスであるが、協力的な個体は協力のコストを払うことからグループ間選択においてたいてい不利に働くので[20]、分子に登場するはたいてい負の値であり[20]、したがって(Eq. G1)の右辺の分子はたいてい正の値となる。

以上のことから(Eq. G1)の右辺は、分母であるグループの適応度が大きく、分子であるグループ間選択における協力個体の不利が小さいほど維持されやすいことを意味する[20]

線形回帰

次の事実が知られている:

性質  前述の性質と同じ条件を課し、グループのタイプの個体の適応度を、協力度、協力度のグループ平均、定数、および(これらとは独立な)誤差項を用いて

と線形回帰する[20]。このとき、となる必要十分条件は

が成立することである[20][注 5]

ここではそれぞれの分散、グループ平均の分散である:

where

上式で登場するに関して次の事実が知られている。

性質  上述の性質と同じ条件下、に関するプライス方程式から定まる血縁度に一致する[20]

以上のことから、グループ選択において協力度が上昇するための条件は、ハミルトン則

に一致する。このことから、血縁選択とグループ選択とは同じ進化現象に異なる視点から見たものだとする立場もある[20]

文化的な言及

プライス方程式は2008年のスリラー映画『WΔZ英語版』のプロットとタイトルに登場する。

プライス方程式はコンピュータゲーム『BioShock2』のポスターにも登場し、「ブレインブースト」トニックの消費者が本を読みながら同時にプライス方程式を導出している様子が描かれている。このゲームは1950年代を舞台としており、プライスの研究よりもかなり前の時代である。

関連項目

脚注

参考文献

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