ヘレフォード図
From Wikipedia, the free encyclopedia
この地図は「ホルディンガムとラフォードのリチャード」(Richard of Haldingham and Lafford)という人物の作とされ、彼は別名Richard de Bello[1]またはprebend of Lafford in Lincoln Cathedralとも[2]呼ばれている。
この地図は縦158cm×横133cm[3](165cm×134cmとも[4])のヴェラム(上質皮紙、羊皮紙[3]とも子牛の皮[4]ともある)に、黒と補助的に赤や金色やインクを用いて描かれ、海洋部は青と緑、例外的に紅海(とペルシャ湾)だけは赤く塗られている。奇妙な事に、ヨーロッパとアフリカの表示がひっくり返っており、本来ヨーロッパである場所は赤と金の文字で「Africa」と書かれ、逆もまた同様となっている。
もとは三連祭壇画の中央部分であり、1780年ごろの記録では左のパネルには大天使ガブリエル、右のパネルには受胎告知があったとされるが現存しない[5]。パネルのオーク材の伐採時期の推定、ヴェラムに使われた仔牛皮の加工時期の推定、文言の書体分析の推定では、1290年代前後であることが共通しており、地図製作年代は1300年ごろと推定される。
作成の目的
ヘレフォード図は後期マッパ・ムンディであるグレートマップに分類され、東方向が上にありエルサレムを中心に据えたTO図の基本形式を踏襲している。そのため、必ずしも作成当時の地理知識を反映しておらず、例えば、モンゴル帝国のモンケ・ハーンと謁見したウィリアム・ルブルックによる1255年の報告に反して、カスピ海が外洋と繋がって描かれている。1296年に製作された、ヘレフォード図よりも古い羅針儀海図[6](ポルトラーノ、Portolan charts)では、この点は正確に記されている。
古代ギリシャやローマの概念(en)にあった地球球体説は中世ヨーロッパにおいても健在であり、ヘレフォード図を含むTO図の存在が、必ずしも当時のヨーロッパ人が地球は平面(en)と認識していた証拠にはならない。このヘレフォード図は、かつてはヘレフォード大聖堂の祭壇の後ろに掲げられていたという点から、ステンドグラスと同じくキリスト教を視覚的に伝えるための教材であり、また一種の百科事典でもあったと考えられる[3]。
上記の目的を反映して、地図内には大きく分けて三つの要素が記入されている。一つ目は地図本来の目的である地理であり、当時のヨーロッパが知りえた都市192箇所[4]や有力な河川、TO図形式に囚われてはいるが地中海とその周辺にあたる海洋部が描かれている。二つ目は聖書神話にある物語が図案化し記入されている。これは、焼失したエプストルフの世界図(en)にも見られる[3]。三つ目は「化物世界誌」[7]とも呼ばれる中世ヨーロッパ空想がもたらした様々な怪物・怪人たちであり、特に遠方に多く書き込まれている。これら各要素には解説文が付けられているものが多い。[4]




