マグダラのマリア (ピットーニ)

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製作年1735年頃
寸法49 cm × 58 cm (19 in × 23 in)
『マグダラのマリア』
イタリア語: La Maddalena
英語: The Magdalene
作者ジャンバッティスタ・ピットーニ
製作年1735年頃
種類キャンバス上に油彩
寸法49 cm × 58 cm (19 in × 23 in)
所蔵アカデミア美術館ヴェネツィア

マグダラのマリア』(: La Maddalena, : The Magdalene)、または『悔悛するマグダラのマリア』(かいしゅんするマグダラのマリア、: La Maddalena penitente, : Penitent Magdalene)は、18世紀イタリアロココ期の画家ジャンバッティスタ・ピットーニが1735年ごろ、キャンバス上に油彩で制作した絵画である。現在、ヴェネツィアアカデミア美術館に所蔵されている[1][2]

マグダラのマリアは娼婦であったが、イエス・キリストの教えによって悔悛した女性である。晩年には、南フランス洞窟隠遁生活を送ったとされる[3]ヤコブス・デ・ウォラギネによれば、マグダラのマリアは聖なる事物に完全に献身することを望み、非常に荒涼とした砂漠に隠居した。そして、天使たちがすでに用意していた独房に自身を幽閉し、完全に世界から切り離され、人々から孤立したまま、この独房で33年間を過ごした[4]中世において、彼女はイエスの足に香油を塗って自分の髪の毛で拭う姿が主に表された[5]が、対抗宗教改革以降のカトリック諸国では、悔悛の祈りを捧げる彼女の敬虔な姿がとりわけ好まれた[3][5]

本作はマグダラのマリアが祈り、断食による禁欲的な生活を送った洞窟に設定されている[1]。横顔で跪く彼女の姿は大胆な筆致で表され、その筆致は画面の周辺に向かうにつれ、より素早いものとなっている。結果的に、画面全体に渦巻くような動きの感覚が与えられている。この力学的側面はピットーニの宗教的主題の作品に繰り返し現れる哀感と融合しているが、本作ではその哀感がマリアの胸上に合わされた両手によって強調されている[1]。画面下部には、彼女の図像学的なアトリビュート (人物を特定する事物) である髑髏、香油の壺、鞭が見える。これらは、悔悛する禁欲的な生活を表す。画面で唯一の光源である光輪はマリアの背中に垂れた金髪を照らし出し、彼女の肌の色を明らかにしている。色彩面では、青いチュニックと紫色の布が3人の天使が舞っている背景の土色と並置されている[1]

ピットーニのほかの絵画に示されているように、本作は小品であるが、1730年半ばにパルマカプチン・フランシスコ修道会教会のために制作された同主題の大作 (現在、パルマ国立美術館蔵) 用の習作ではなく、それ自体が完成作であり、単独で個人コレクションに売却される可能性があるものであった[1]

歴史

ジャンバッティスタ・ピットーニの作品にもとづくピエトロ・モナコの版画『マグダラのマリア』

この絵画は、1739年にジョヴァンニ・ボスキ (Giovanni Boschi) という人物に所有されていた。そのことがわかるのは、ピエトロ・モナコ (Pietro Monaco) によるビュランで制作された版画『マグダラのマリア』 (ピットーニの作品にもとづく) に記されているからである。この版画は同年に出版された『55点の神聖な逸話版画集 (Raccolta di cinquantacinque storie sacrede)』 (1763年に出版された改訂版では112点の版画を収録) に登場しているが、モナコは、この版画集で過去の画家たちの作品とともに当時の巨匠たちの作品を紹介するという意図を持っていた[6][7]

ジョヴァンニ・マリア・サッソ (Giovanni Maria Sasso) と画家ジョヴァンニ・ゼンナーロ (Giovanni Zennaro) の所有を経て、本作は1903年にボーデ博物館の館長であったヴィルヘルム・フォン・ボーデ英語版に購入され、後にボーデがヴェネツィアのアカデミア美術館に寄贈した[1]

脚注

参考文献

外部リンク

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