マルジュ (競走馬)

From Wikipedia, the free encyclopedia

馬名アラビア語表記は مَرْجُوّ(Marjūw, マルジューウ)[4]で「望まれし者(物)」を意味する。

当初はAl Marjuというアラビア語定冠詞「Al」つきの馬名で登録されたが、イスラームの唯一神アッラーの属性名[5]とかぶってしまうと知ったハムダーン殿下が急遽改名を申請。通常は登録後の改名は認められないとの理由から当初は却下されたが、殿下側の「改名ができないならレースには出走させない」という強い意向を受けMarjuへの改名が認められた[6]という。

戦績

1988年アイルランドのキルカーンスタッドで誕生。1歳上の半姉サルサビルマルセルブサック賞を制した数日後にゴフス社(Goffs)の1歳馬セールで落札された[7]

1990年9月にジョン・ダンロップ厩舎からデビューし、初戦を6馬身差で勝利する。2歳時はこの1戦のみで休養に入った[7]

3歳(1991年)初戦のクレイヴンステークスで重賞初制覇を収めると、クラシック一冠目の英2000ギニーで1番人気に推されたが11着と大敗。しかし、続く英ダービーでは勝ち馬ジェネラスにこそ5馬身の差を付けられたものの、2着と健闘した。再びマイル戦に戻ったセントジェームズパレスステークスを勝利し、GI初制覇。その後はエクリプスステークスでブービーの6着、英チャンピオンステークスで最下位の12着と不振に陥り、同年限りで現役を引退した[3]

競走成績

以下の内容は、Racing Post[2]の情報に基づく。

出走日競馬場競走名距離着順騎手着差1着(2着)馬
1990.9.6ヨークニュージーランドステークス芝7f 1着W.カーソン6馬身(Road To The Isle)
1991.4.18ニューマーケットクレイヴンステークスG3芝8f 1着W.カーソン1馬身1/2(Desert Sun)
5.4ニューマーケット英2000ギニーG1芝8f 11着W.カーソンMystiko
6.5エプソム英ダービーG1芝12f 2着W.カーソン5馬身Generous
6.18アスコットセントジェームズパレスステークスG1芝8f 1着W.カーソンアタマ(Second Set)
7.6サンダウンエクリプスステークスG1芝10f 6着W.カーソンEnvironment Friend
10.19ニューマーケット英チャンピオンステークスG1芝10f 12着W.カーソンTel Quel

種牡馬時代

1992年からアイルランドデリンズタウンスタッド種牡馬入り。初年度産駒からディアヌ賞(仏オークス)を制したシルシラ(Sil Sila)、ヨークシャーオークスヴェルメイユ賞を制したマイエマ(My Emma)を送り出し、評価を高めた[7]

その後も多くの活躍馬を輩出し、2011年に種牡馬を引退。ラストクロップにあたる世代から香港ヴァーズ宝塚記念を制したサトノクラウンが出て、日本にもその名を知らしめた。2016年10月に老衰のため28歳で死亡した[7]

主な産駒

ブルードメアサイアーとしての主な産駒

血統表

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI