ヨーク競馬場
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ヨーク競馬場(ヨークけいばじょう、York Racecourse)はイギリスのノース・ヨークシャー州、ヨークにある競馬場である。
イギリスで最も公平なレースができる「イギリス最高の競馬場」と言われ、世界ランキング1位(2015年)のインターナショナルステークスやヨーロッパ最高賞金のハンデ戦イボアハンデキャップなどが行われる。[1][2][3][4][5][6]
沿革

ヨーク競馬場がある場所はKnavesmire(ネーヴスミア[注 1])といい、しばしばこれがヨーク競馬場の異称として用いられる。ヨークでは古代から競馬が行われた記録があるが、ネーヴスミアでの競馬の確かな記録は1731年に遡り、ヨーク競馬場はこれを公式な創設年と称している。[2][3][7]
ヨーク競馬場のあるヨーク地方はイングランドでも有数の競走馬の生産・調教が盛んだった地域で、イングランドでは競馬場の数が一番多い地方である。そのうちヨーク競馬場と近隣のドンカスター競馬場が特に重要な競馬場だったが、ドンカスター競馬場は18世紀後半にドンカスターカップやセントレジャーステークスといった大レースを創設して賑わっていったのに対し、ヨーク競馬場は落ちぶれていった。19世紀の半ばに競馬番組の大改革が行われ、イボアハンデキャップ、ジムクラックステークス、ヨークシャーオークスなど今でも行われている大レースが相次いではじまり、イングランドを代表する競馬場のひとつにのし上がった。とりわけ、1851年に行われたザフライングダッチマンとヴォルティジュールの「グレートマッチ」は、イギリス競馬史上最も有名なレースの一つとされている。[2][8][3][7]
ヨーク競馬場の馬場はイングランドのなかでも幅が広く、カーブが少なく、道中はほぼ平らで、最後の直線走路も1kmほど(5ハロン)ある。そのため公平なレースができて、イギリスではしばしば「最高の競馬場」と賞賛されている。イギリス王室とも縁が深いことから、王立競馬場であるアスコット競馬場にみたてて「北のアスコット」と呼ばれることもあり、逆にアスコット競馬場を「南のヨーク」と称することもある。2006年には王室主催競馬のロイヤルアスコット開催がヨーク競馬場で行われた。[2][3][7]
1972年にタバコ大手企業のベンソン&ヘッジスをスポンサーに据えて創設したベンソン&ヘッジスゴールドカップは、初年度から無敗馬ブリガディアジェラードとダービー馬ロベルトの対戦カードを実現し、大変な話題を集めた。エリザベス2世もこの対決を観戦にやってきたが、国王がヨーク競馬場に来るのは339年ぶりだった[注 2]。この大競走は1980年代にインターナショナルステークスと改称し、2015年には国際競馬統括機関連盟による世界ランキングで1位と評価され、「世界一レベルが高いレース」と公認された。[2][4][11][5][9][3]
走路と設備
| ヨーク競馬場のスタンド。左端の赤い屋根が「メルローズスタンド」で、その右隣に古い低層のスタンドが見える。 |
| 5ハロンの直線コースのスタート付近からの遠景 |
| 1754年完成当時の「ジョン・カースタンド」 |
| ウーズ川は頻繁に氾濫し、市内はしょっちゅう水没する。写真は2012年の洪水。 |
ヨーク競馬場の創設以来、馬蹄形(C形)の2マイルの走路が用いられてきたが、ロイヤルアスコット開催を引き受けるのに先だって2マイル半のゴールドカップを行うため、2005年に改修工事を行って周回走路を新設した。2006年以降は一周約2マイルの周回路に3本の引き込み線があるという形状になっている。[2][12][13][14][15]
競馬発祥国のイギリスでは、伝統的に自然の地形のままで競馬場が作られているため、多くの競馬場は歪な形でカーブが多く、激しい起伏や勾配がある。とりわけダービーを開催するエプソム競馬場は最も奇抜なコースで、最大130フィート(約40m)もの高低差に急カーブの連続、おまけに最後の直線は傾いており、不公平で危険な競馬場だと言われている。これらに較べると、ヨーク競馬場の走路は、最後の直線がわずかに登っている以外はまったく平らで、最長2マイルのレースをやっても途中に2回しかカーブがなく、幅も広い。全ての競走馬が能力を正しく発揮することができ、公正な競馬ができる最良の競馬場だと評されている。[2][16][17][18][1]
外国での評価
アメリカでは、ヨーク競馬場が平坦であること、左回りであることから、ヨークで好走した馬がアメリカやカナダの競馬にも適性があるとみる向きもある。実際には北米でもかなり長い直線走路を持つウッドバイン競馬場ですらヨーク競馬場の半分ほどしか直線の長さがないのだが、ヨーク競馬場はイギリスの中でもレベルが高いともみられていて、ヨーク競馬場のリステッド級のレースで好走したぐらいのものをアメリカへ連れて行くと大活躍する、ということが時々起きる。[3]
左回り、平坦コースという観点で日本の東京競馬場に似ているという者もいる。東京競馬場のジャパンカップではヨーク競馬場での好走馬がしばしば招待されている。1984年の2着馬ベッドタイム、1986年の優勝馬ジュピターアイランドなどのほか、ゴールドアンドアイボリー、ムーンマッドネス、アルワウーシュ、テリモン、ベルメッツ、ユーザーフレンドリー、ピュアグレイン、シングスピール、ストーミングホーム、ウォーサン、パワーズコート、ジョシュアツリー、イズリントン、シックスティーズアイコンなどが、ジャパンカップ招待前にヨーク競馬場の大レースで好走した実績がある。このほか、日本で種牡馬として成功したダイハード、パーソロン、プリメラはイボアハンデの勝ち馬で、2015年には日本馬グレイトジャーニーの産駒がヨーク競馬場のロンズデールカップを制している。[19][20][21][22][23]
施設
イギリスの競馬はもともと自然の野山に設けた走路で行っており、観客の貴人は馬上から、庶民は地べたで観戦していた。ヨーク競馬場では1753年に貴人用の観客席を作ろうという計画が持ち上がり、2代ロッキンガム公爵が1250ポンドを拠出して建設することになった。ジョン・カー(John Carr)という建築家の設計によって、1年がかりで観戦スタンドが完成した。『Racecourse Architecture』に拠れば、これは競馬場の観戦スタンドとしてはイギリス史上初であるばかりでなく、近代建築で建てられたスポーツ観戦施設としては世界初のものだった。これ以降、この観客席を手本にイギリス各地の競馬場にスタンドが建てられていき、ジョン・カーもそのいくつかを手がけた。当時の「ジョン・カー・スタンド」は増改築を行いながら今も使われている。[7][24][25][26][27]
競馬場ではその後も次々と観客席を増やしており、第一次世界大戦後の復興を行ったジェームズ・メルローズ(James Melrose)の名を冠したエドワード朝スタイルのメルローズ・スタンド(1989年完成)や、ネーヴスミア・スタンド(1996年完成)、イボア・スタンド(2003年完成)などが追加されている。初めて競馬場にカラーテレビを整備した競馬場でもある。[24][2][26][27]
一方、競馬場はもともとウーズ川(Riv.Ouse)岸の湿地につくられたため、排水に難がある。2006年にロイヤルアスコット開催をやったあと、2年がかりで排水の改良工事を行った。毎年8月のイボア開催はヨーク競馬場で1年一番大きな開催で、2008年のイボア開催に合わせて改修をおこない、日程を拡大して大掛かりなリニューアル開催を予定していた。ところがその直前の大雨でウーズ川が氾濫、ヨーク市内で洪水となり、競馬場も冠水して競馬開催が中止になった。このため2008年夏のヨーク競馬場のレースは中止や別の競馬場で行われたものがある。[28][29][3]
主な開催とレース
19世紀には障害レースが行われた時期もあるが、現在は平地競走のみを施行している。最大の開催は8月の「イボア開催(イボアフェスティバル)」で、これに次ぐのが5月の「ダンテ開催」である。このほか、6月、7月、9月、10月に競馬開催日がある。[15]
ダンテ・フェスティバル
ダンテ・フェスティバル(Dante Festival)は例年5月に行われる3日間の開催である。6月初旬のダービーステークスの有力な前哨戦の一つであるダンテステークスのほか、ムシドラステークス、ヨークシャーカップなどが行われる。[30][3]
- ダンテステークス(G2) - 3歳馬の中距離戦。ダービーの重要な前哨戦の一つ。「ダンテ」はヨーク州から出た20世紀で唯一のダービー勝馬である。[2][8][31]
- ムシドラステークス(G3) - 3歳牝馬の中距離戦。オークスの重要な前哨戦の一つ。「ムシドラ)」は第二次世界大戦後、ヨーク州から出た最初のクラシック優勝牝馬で、1000ギニーとオークスに勝った馬である。[2][8][31]
- ヨークシャーカップ(G2) - 古馬の長距離戦。ゴールドカップやグッドウッドカップに連なるカップ戦の前哨戦。[31]ブリティッシュチャンピオンシリーズの長距離部門の第1戦。
- デュークオブヨークステークス(G2) - 3歳以上のスプリント戦。
- ミドルトンステークス(G2) - 古牝馬の中距離戦。
7月開催
| ジョンスミスズのマグネットのロゴマーク。 |
7月開催で特に有名なのは「ジョンスミスズカップ」である。これはビール醸造メーカーのen:John Smith's Breweryがスポンサーになって行われるもので、当日の全レースが「ジョンスミスズ」の名を冠して行われる。「ジョンスミスズ」はヨーク競馬場に近いタドカスター(en:Tadcaster)の醸造会社で、「マグネット」ビールのブランドでも知られている。同社はグランドナショナルのスポンサーをしていた時期もある。ジョンスミスズカップは1960年の創設時から1997年まで「マグネットカップ」の名で行われてきた。これはイギリスの平地競馬では初めてスポンサー名をレース名に使った競走[注 3]だった。同社は1990年代のCMが当たってイギリス16位から1997年に4位のブランドに成長した。翌1998年からレース名が「マグネットカップ」から「ジョンスミスズカップ」に改称した。2015年も行われており、1社によるスポンサー競走としてはイギリスで一番長く続いているレースでもある。1984年のジャパンカップでカツラギエースに次ぐ2着に入ったベッドタイムはマグネットカップの優勝馬だった。ハンデ戦なのでグループ格付けを受けていないが、2015年の賞金は15万ポンドで、ヨーク競馬場のG2戦と同額である。[32][33][34][2]
イボア・フェスティバル
イボアフェスティバル(イボア開催 (Ebor Festival) )は例年8月に行われ、ヨーク競馬場で最も有名な開催である。この開催ではインターナショナルステークス、ヨークシャーオークス、ナンソープステークス、シティオブヨークステークスの4つのG1競走などが行われる。[3][35]
- インターナショナルステークス(G1) - 「世界ランク1位」の中距離G1戦。[2]
- ヨークシャーオークス - 牝馬限定のG1競走。1990年までは3歳牝馬限定だった。[2][1][36]
- ナンソープステークス - 5ハロン(1006m)の短距離G1戦。「ナンソープ」は競馬場に隣接する地名。[2][36]
- シティオブヨークステークス - 7ハロンのG1競走。
- イボアハンデキャップ - 1843年から続く名物レース。ハンデ戦のためグループ格付けは受けていないが、賞金額はハンデ戦としてはヨーロッパ最高額。ハンデ戦で荒れるために馬券の売上はトップクラス。[2][1]
- ジムクラックステークス - 1846年創設の2歳戦。G2ながら賞金はG1ミドルパークステークスより高く、優勝馬の馬主が年末の晩餐会で最初にスピーチを行う伝統がある。[2][1][36]
- ロウザーステークス - 2歳牝馬のG2戦。5代ロンズデール伯爵ヒュー・ロウザーから。[36]
- ロンズデールカップ - 3歳以上の長距離G2戦。「ロンズデール伯爵」は代々、ヨーク競馬場の運営に尽力している。
- グレートヴォルティジュールステークス - 3歳牡馬のG2戦で、翌月のセントレジャーステークスの前哨戦になっている。現在のレース名になったのは第二次世界大戦後からだが、同じ条件のレースは19世紀から「グレートヨークシャーステークス」の名で行われてきた。1840年代の改革で一気に賞金を250倍に増やし、ヨーク競馬場の再生の原動力になった。[37][1][36]
- エーコムステークス - 2歳馬の7ハロン戦。近年G3に昇格。「エーコム」は競馬場近くの地名で、1633年にチャールズ1世が臨席した競馬の開催地。[38][39]