ノーザンスパー

From Wikipedia, the free encyclopedia

欧字表記 Northern Spur[1]
性別 [1]
ノーザンスパー
欧字表記 Northern Spur[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1991年4月16日[2]
死没 2016年2月24日(25歳没)[3]
Sadler's Wells[1]
Fruition[1]
母の父 ラインゴールド[1]
生国 アイルランドの旗 アイルランド[1]
生産者 Swettenham Stud and Partners
馬主 Tomohiro Wada/Takahiro Wada
Charles J. Cella[3]
調教師 André Fabre
Ron McAnally[3]
競走成績
タイトル エクリプス賞最優秀芝牡馬(1995年)
生涯成績 15戦6勝[1]
獲得賞金 161万4425ドル[2]
勝ち鞍
G1BCターフ1995年
G1オークツリー招待S1995年
G2ユベールドショードネイ賞1994年
G3リス賞1994年
テンプレートを表示

ノーザンスパー(欧字名:Northern Spur1991年4月16日 - 2016年2月24日)は、アイルランド共和国生まれのフランスおよびアメリカ合衆国競走馬種牡馬

主な勝ち鞍は1995年のブリーダーズカップ・ターフオークツリー招待ステークス。同年のエクリプス賞最優秀芝牡馬である。

フランス時代

ノーザンスパーは、スウェッテンハムスタッドがバリー・ワイズボード、トミー・スタック、ジョン・マグニエと共同で生産した[3]。当初の馬主はシンボリ牧場の代表である和田共弘および和田孝弘である[3]アンドレ・ファーブルが調教し、フランスのレースに出走した。フランスでの戦績は7戦3勝で、G2のユベールドショードネイ賞とG3のリス賞を勝利した[3]

アメリカ時代

3歳シーズン終了後、アーカンソー州ホットスプリングスオークローンパーク競馬場のオーナーであるアメリカ人実業家チャールズ・J・セラに130万ドルで売却された[3]。主戦場をアメリカに移したノーザンスパーは、1995年10月のオークツリー招待ステークスでG1初制覇を達成[2]。さらに同月のブリーダーズカップ・ターフも優勝し、エクリプス賞優秀芝牡馬を受賞した[2]

翌5歳シーズンは条件戦で1勝、重賞ではG1・ハリウッドターフハンデキャップで2着に入ったのが最高成績だった[2]。6月のG1・シーザーズインターナショナルハンデキャップ3着を最後に引退[2]

引退後

引退後、ケンタッキー州のロングフィールドファームで種牡馬になった。しかしアメリカでは芝馬の需用自体が低かったこともあり、年間生産数は1998年生まれの22頭をピークに右肩下がりとなった[3]。産駒総数は107頭、うち重賞を勝利した産駒はChausson Poire(G3・ヴァレーヴューステークス)1頭のみで、当然ながら種牡馬としては失敗に終わった[3]。2005年、ノーザンスパーはケンタッキー州バーセイルズ近郊のトゥルーノースファーム(アネット・バコラとボブ・カミングスが所有)に移った[3]。バコラとカミングスはその後、ノーザンスパーをニューヨークに移し、2014年に引退馬として譲渡した[3]。ケンタッキー州レキシントンオールドフレンズへの移送交渉中だった2016年2月24日早朝、疝痛のため死亡した[4][3]

血統表

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI