ミック・グラント
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1970年代のイギリスのロードレースファンにとって、穏やかに話す現実的でしっかりしたヨークシャー出身のグラントは、華やかでプレイボーイのロンドンっ子であったバリー・シーンと好対照の存在だった[2]。
1972年、グラントはデイブ・クロックスフォードとのコンビでスラクストン500耐久レースに優勝した[3] 。1975年のマン島TTレースでは1967年以来破られることのなかったマイク・ヘイルウッドのタイムを破って優勝している[4]。
1977年からはカワサキのファクトリーライダーとしてロードレース世界選手権に参戦し、1977年はバリー・ディッチバーンの、翌1978年はコーク・バリントンとグレッグ・ハンスフォードのチームメイトとして戦った[5]。1979年にはホンダの実験的な楕円ピストンを持つNR500の開発ライダーに抜擢されたが、この時はマシンの戦闘力不足もあって満足な結果を残すことはできなかった[6]。グランプリでは通算3勝を挙げている[7]。
また、グラントはマカオグランプリにも度々出場し、カワサキのファクトリーライダーだった1977年とヘロン・スズキから出場した1984年に優勝している[8]。
グラントはゼッケン10を好んで使い、ヘルメットには初期のスポンサーでありメカニックでもあったジム・リー ( Jim Lee ) に敬意を表して彼のイニシャルであるJLを記してレースに出場していた[9]。