メモ・ロハス
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| メモ・ロハス | |
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2019年 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1981年8月18日(43歳) |
| 出身地 |
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| 親族 | メモ・ロハス・シニア (父) |
| ユナイテッド・スポーツカー選手権での経歴 | |
| デビュー | 2007年 (Grand-Amとして) |
| 所属 | デルタウイング |
| 車番 | 0 |
| 出走回数 | 91 |
| 優勝回数 | 28 |
| ポールポジション | 8 |
| シリーズ最高順位 | 1位 (2008年, 2010年, 2011年, 2012年) |
グイレモ・"メモ"・ロハスJr.(Guillermo "Memo" Rojas Jr.、1981年8月18日 - )は、メキシコの元レーシングドライバー。
アメリカのスポーツカーレースで成功し、ロレックス・スポーツカーで4回シリーズチャンピオンを獲得、デイトナ24時間レースで3回総合優勝、ヨーロピアン・ル・マン・シリーズでも2度タイトルを獲得した。アメリカの主要な選手権タイトルを獲得した最初のメキシコ出身のドライバーとされる[1]。日本では、ロハスと表記なされる場合が多い為、ロハスと記述する。
レースデビュー
ロハスは1993年にレーシングカートでレーシングキャリアを始めた。 1996年に彼はメキシコのフォーミュラ2シリーズでプロのレースに移った。 1997年にアメリカに向かい、バーバー・ダッジシリーズに参加した後、1998年にメキシコに戻り、フォーミュラ3で2年間レース活動を行った[2]。
2000年にアメリカに戻った彼は、アメリカン・フォーミュラ・フォード2000で2年間レースを行った後、2002年と2003年のシーズンでバーバードッジプロシリーズに昇格し、シリーズで2勝を挙げ、シリーズ2位を2003年のシリーズに獲得した。その後、2004年にDAMSでヨーロッパフォーミュラ・ルノーにも参戦し、このレースでも年間で5回優勝した。2005年に再びアメリカに戻り、モンテレイのフンディドーラ・パークでのトヨタ・アトランティックに参戦した[2]。
Grand-Am

2007年にスポーツカーに参戦することになったロハスは、チップ・ガナッシ・レーシングに加入し、スコット・プルーエットのチームメイトとしてロレックス・スポーツカーに参戦。参戦初年度ではあったが、シリーズ初優勝を飾った[1]。ロハスは、デイトナ24時間レースにも参戦し、コ・ドライバーのプルエット、ファン・パブロ・モントーヤ、ダリオ・フランキッティとともに、翌年のデイトナ24時間で総合優勝[3]。この勝利により、ロハスとプルエットはロレックスのタイトルを獲得[4]。年間で6勝を記録した。
2009年、ロハスはロレックス・スポーツカーで2位でシーズン終え、1位からわずか6ポイント差であった。2010年にプルエットと再びコンビを組み、再びチャンピオンを獲得した[1]。年間を通じて、ロハスは9シーズンでほとんどの勝利を記録し、12レースで11回表彰台を獲得した[5]。
ロハスの2011年シーズンは、デイトナ24時間レースで、プルエット、グラハム・レイホール、ジョーイ・ハンドと組んで、2度目の優勝を果たした[6]。
2013年1月26〜27日の第51回デイトナ24時間レースで、ロハスが1位になり、コドライバーのファン・パブロ・モントーヤ、スコット・プルーエット、チャーリー・キンボールとともに3回目のデイトナ24時間レースで優勝した[7][8]。
セブリング12時間レース
セブリング12時間レースでも、コ・ドライバーのスコット・プルエットとマリノ・フランキッティとともに総合優勝し、セブリングで勝利を収めた初のメキシコのドライバーとなった[9][10][11]。