メレンゲ (音楽)
From Wikipedia, the free encyclopedia
ドミニカ
| メレンゲ(音楽) | |
|---|---|
| 様式的起源 | コントラダンサ、マンボ、ボンバ、ジャズ、ソン |
| 文化的起源 |
19世紀半ば ドミニカ |
| 使用楽器 | アコーディオン、ベースギター、グィラ、タンボーラ、マリンバ、サックス、トロンボーン、トランペット、コンガ |
| 融合ジャンル | |
| レゲトン、メレンラップ、メレンハウス | |
| 地域的なスタイル | |
| 中南米 | |
| 関連項目 | |
| 本文参照 | |
メレンゲ(英語・スペイン語(アメリカ大陸) merengue, フランス語 meringue, ハイチ・クレオール語 meringue)はカリブ海周辺諸国及びアメリカなどのラティーノ文化圏で演奏されるラテン音楽、及びダンス。ハイチではメラングと呼ばれている。
大きく分けてドミニカ発祥のメレンゲと、ベネズエラ発祥のメレンゲに分けられる[要出典]。以下は特記のない限りドミニカ系のメレンゲの説明とする。
詳細

「メレンゲ」という言葉の語源には諸説あるが、ヨーロッパのデザートのメレンゲから、もしくは西アフリカのダンスと音楽に関する言葉から、また別の説ではイスパニョーラ島の先住民タイノ人の言葉からとも言われる[1] [2]。
19世紀中頃にグィラとタンボーラによって構成されるメレンゲの基本スタイルが確立された[3]。その後、「メレンゲの父」と呼ばれるファン・バウティスタ・アルフォンセカの手によって上流階級向けのメレンゲが様式化された。また、マリンバやアコーディオンが加わったテンポの速い民俗的なメレンゲが現れ、のちにペリーコ・リピアーオの名で呼ばれるようになった。
ドミニカ共和国では1930年から1961年の独裁者、ラファエル・トルヒーヨによってメレンゲは政治宣伝の手段として利用され、国民にメレンゲを踊るように推奨した。この時期にベースギター・ギター、サクソフォンが加わったメレンゲ楽団(メレンゲ・ティピコ)というスタイルが確立された[4]。1950年代には、ルイス・アルベルティのダンス向きのメレンゲ曲もヒットした[5]。 1960年代よりジョニー・ベントゥーラが率いる、ホーン奏者5人を含む12人編成のコンボ、ソウル歌手のような派手な衣装で全員揃ってステップを踏むといった革新的なメレンゲが人気を集めた[6]。1980年代にはウィルフリード・バルガスらの活躍により、ニューヨークやラテンアメリカ全域にメレンゲを広めた。
1980年代末より、フアン・ルイス・ゲラ&4.40(クアトロ・クアレンタ)が日常的で詩的な歌詞を持つ「コーヒーの雨が降ったらなあ」で爆発的な人気を得た。ゲラの音楽は、それまでの陳腐な恋愛や猥雑な歌からメレンゲの将来を一変させた。
1990年代以後、サルサとメレンゲの融合から[要出典]プエルトリコでメレンゲが盛んとなった。また、ニューヨークのラティーノたちによって、メレンラップやメレンハウスなど、クラブ・ミュージックとして発展した。
