1972年8月27日から同年11月26日までTBS系列の『不二家の時間』枠(日曜 19時30分 - 20時00分)で放送。日本テレビ動画とTBSの共同製作で、実制作は前番組『アニメドキュメント ミュンヘンへの道』から引き続き日本テレビ動画が担当した。全13話。
本作の制作主任であった下崎闊(別名:真佐美ジュン)の回想によれば、チーフディレクターの正延宏三との仕事上のトラブルから下崎が8月末で制作主任を降りたことで立ち行かなくなり、当初の予定2クールのところ局発注額分の1クール分を作った時点で制作終了になったということである[4]。安藤健二の調査では、第10話以降は日本テレビ動画の実質的な経営者であった渡邉清(別名:新倉雅美)が「プロデューサー」のクレジットから消え、渡邊自身も1972年10月9日付で日本テレビ動画の取締役を辞任しており、何らかのトラブルの存在をうかがわせている[5]。
『不二家の時間』枠で放送のテレビアニメは、本作が最後となっている。また『不二家の時間』枠の廃止以後も、TBSはこの時間帯にテレビアニメを放送していない。
本作が全編ビデオソフト化されたことはないが、オープニング映像に関してはハミングバード(現:ワーナーミュージック・ジャパン)から発売された『マニア愛蔵版 懐かし〜いTVアニメテーマコレクション』(規格 - LD・VHS)に収録されている。再放送は、1975年にTBSのみの関東ローカルで行われた後(『テレポートTBS6』の放送開始前まで月曜 - 金曜 18時00分 - 18時30分に再放送)、1990年代初頭にも[いつ?]レモンチャンネル(現・キッズステーション)で行われた。
この他にも以下の声優が演者となっているが、各人ともに担当役名は不詳。
- チーフディレクター - 正延宏三
- プロデューサー - 渡邉清(日本テレビ動画・第9話まで[5])、忠隅昌(TBS)高橋貞夫
- プロデューサー補 - 佐々木一雄(日本テレビ動画)、白畠豊彦(スタジオテイク)
- プランナー - 吉沢京夫
- コスチューム&キャラクターデザイン - 河村都
- 演出 - 大貫信夫(スタジオテイク)、富野 喜幸(現:富野由悠季) ほか
- 演出助手 - 伊藤幸松
- コンテ - 岡迫和之、小室富士夫、斧谷喜幸
- 構成 - 卑田純
- 脚本 - 斉藤次郎、吉原幸栄 他
- 制作進行 - 伊藤幸松
- 作画監督 - 鈴木満、大坂竹志、菊田武勝
- 原動画 - 谷口守泰、曽木豊海、金子當行、藤巻隆一、秋山恵美子、江部敏春
- 作画/仕上/背景/制作協力 - 日本テレビ動画新潟スタジオ、スタジオテイク、スタジオ・ルック、スタジオジョーク、アド・リブ、アトリエローク07
- オープニングテーマ - 「モンシェリ ココ」
- 作詞 - 有馬三恵子 / 作曲・編曲 - 川口真 / 歌 - 中島まゆこ
- 挿入歌「まごころ」
- 作詞 - 有馬三恵子 / 作曲・編曲 - 川口真 / 歌 - 中島まゆこ
両曲ともに、2013年4月8日にソニー・ミュージックダイレクト(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)から発売された限定CD『アイドル・ミラクルバイブルシリーズ 69〜71 Girls 中島まゆこ・北野ルミ』に収録。
| 話数 | サブタイトル | 放送日 |
| 1 | かわいいあの子 | 1972年 8月27日 |
| 2 | ココのケーキやさん | 9月3日 |
| 3 | わたしはデザイナー | 9月10日 |
| 4 | わすれられないひと | 9月17日 |
| 5 | 泣きたい時は泣こう | 10月1日 |
| 6 | チャンス到来 | 10月8日 |
| 7 | いじわるなファッションショー | 10月15日 |
| 8 | もう一度さようなら | 10月22日 |
| 9 | ピンチだアタック! | 10月29日 |
| 10 | もう子どもじゃない | 11月5日 |
| 11 | じゃまをするなら変身作戦 | 11月12日 |
| 12 | 母をたずねて日本へ | 11月19日 |
| 13 | しあわせは京都からパリへ | 11月26日 |
9月24日には、本作に替わって前番組『アニメドキュメント ミュンヘンへの道』の特別編が放送された。