モーセとエチオピア人の妻チッポラ
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| オランダ語: Mozes en zijn Ethiopische vrouw Seporah 英語: Moses and his Ethiopian wife Zipporah | |
| 作者 | ヤーコプ・ヨルダーンス |
|---|---|
| 製作年 | 1645-1650年ごろ |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 116.3 cm × 104 cm (45.8 in × 41 in) |
| 所蔵 | ルーベンスの家、アントウェルペン |
『モーセとエチオピア人の妻チッポラ』(モーセとエチオピアじんのつまチッポラ、蘭: Mozes en zijn Ethiopische vrouw Seporah、英: Moses and his Ethiopian wife Zipporah)は、17世紀フランドル・バロック期の画家ヤーコプ・ヨルダーンスが1645-1650年ごろ、キャンバス上に油彩で制作した絵画である[1][2]。預言者モーセと彼のアフリカ人の妻チッポラを半身像で描いている。作品は現在、アントウェルペンにあるルーベンスの家の所蔵作品であるが、ボルチモアのウォルターズ美術館に寄託されている[3]。
前景に立っているモーセは右の手のひらを上に向け、左手を石の板の上に置いている。石の板は陰の中にあり、その内容であるモーセの十戒の文字を読むことはできない。彼の背後の右側には黒人の女性、おそらく妻のチッポラが立っており、その右手は胸の上に置かれている。 彼女の帽子のリボンは、十字架あるいは光輪 (宗教美術) に類似している[4][5][6]:247。

『旧約聖書』中の「民数記」 12:1 には、モーセがハムの長男クッシュの子孫であるエチオピア人女性 (ラテン語訳聖書のウルガタ版) と結婚したことで兄弟姉妹に批判されたと記されている[注釈 1]。この記述を解釈すれば、ミデヤン人エトロの娘であったチッポラが黒人であったということが批判の理由である。別の解釈をすれば、モーセが2度結婚したということが批判の理由である。1世紀のフラウィウス・ヨセフスの著作と中世の伝説によれば、モーセは最初の妻としてタルビスを娶ったからである。ヨルダーンスの見解は知られていないが、この絵画はチッポラという名前のない題名で展示されている[6]:248。

ヨルダーンスは、おそらく当時訳された聖書とヨセフスの著作中のモーセの妻の物語を知ったのであろう。また、イエズス会のアロンソ・デ・サンドバルのアフリカに関する著作にも触れていたのかもしれない。絵画に黒人女性を描いた当時の画家たち、ヤン・ファン・デン・ヘッケの『巫女アグリッピーナ』(クンストプラスト美術館) 、デュッセルドルフ) なども、おそらくヨルダーンスを触発したのであろう[6]:254, 274。ヨルダーンスは本作を委嘱によって描いたのではなく、自分自身のためか親しい友人のために描いたと思われる[6]:247。
本作の所蔵先のルーベンスの家によれば、本作の準備習作としてヨルダーンスが1650年ごろに描いたチョークによる素描は3人の人物を表している。右は、頭部に2つの角のあるモーセである。左は、高位祭司として祭司の服を纏い、香炉を持っている彼の兄弟アロンである。彼らの間にいる女性は、彼らの姉妹ミリアムである[7]。