ヤデル・マルティ
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
( |
| 出身地 |
ハバナ |
| 生年月日 | 1979年7月22日(46歳) |
| 身長 体重 |
5' 11" =約180.3 cm 180 lb =約81.6 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2010年 アマチュアFA |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
| 国際大会 | |
| 代表チーム |
|
| WBC | 2006年 |
この表について
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| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| ワールド・ベースボール・クラシック | ||
| 銀 | 2006 | 野球 |
ヤデル・マルティ・カリーリョ(Yadel Martí Carrillo, 1979年7月22日 - )は、キューバ共和国ハバナ出身の元プロ野球選手(投手)。右投げ右打ち。
キューバ時代
1998-1999シーズンから2007-2008シーズンまでキューバ国内リーグ "セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル" に所属していた。縦のカーブとチェンジアップを制球良く投げて速球を生かす投球スタイル。当初はリリーフ投手として頭角を表し、その後先発投手に転向した。代表には2002年~2003年の国際大会に選ばれたが、その頃から不振の時期に陥り、2004年のアテネオリンピックでは最初の選考段階で代表候補から外された。
キューバ代表として2006年の第1回WBCに出場し、抑え・先発両方で活躍。1勝2セーブ・無失点・11奪三振の活躍でキューバの準優勝に大きく貢献、それほど注目されていなかったにもかかわらず大活躍をした事から話題になり、大会ベストナインにも選出された。
国内リーグでは先発投手を務めていたが、6イニングを超えるような場合に球威が落ちやすい半面、状況にかかわらず力を出せる能力があるため、プレーオフ等の短期決戦ではセットアッパーを任されることも多かった。最後の2シーズンは途中に怪我での離脱があることと、チーム事情から先発・リリーフと一定しない起用が原因で、規定投球回に到達せず、内容も実力を十分反映しない水準だった。
亡命とアスレチックス傘下時代
2008年11月にメジャーリーグを目指し、ヤセール・ゴメスとともにボートでドミニカ共和国に亡命した[1]。
2010年8月にオークランド・アスレチックスとマイナーリーグ契約を交わす。
2011年シーズン限りで契約を解除となった。2年間でメジャーに昇格することは無かった。