オスマニー・ウルティア
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | ラス・トゥーナス州ホバーボ |
| 生年月日 | 1976年6月29日(48歳) |
| 身長 体重 |
6' 1" =約185.4 cm 240 lb =約108.9 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 右翼手 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| 国際大会 | |
| 代表チーム |
|
| 五輪 | 2004年 |
| WBC | 2006年 |
この表について
| |
| オリンピック | ||
|---|---|---|
| 男子 野球 | ||
| 金 | 2004 | 野球 |
| ワールド・ベースボール・クラシック | ||
| 銀 | 2006 | 野球 |
オスマニー・ウルティア・ラミレス (Osmani Urrutia Ramírez , 1976年6月29日 - )は、キューバ共和国ラス・トゥーナス州ホバーボ出身の元野球選手(右翼手)。右投げ右打ち。愛称は"El Señor .400"(エル・セニョール .400)。
1993-1994シーズンから2008-2009シーズンまでキューバ国内リーグ"セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル"のレニャドレス・デ・ラス・トゥーナスに所属していた。
国内リーグでは2000-2001シーズンからの5シーズン連続と2006-2007シーズンの計6回首位打者のタイトルを獲得し、2003-2004シーズンは国内リーグ新記録となる打率.469を残してMVPも受賞している。リーグ戦を通じても大きな不振が無く、安定して高い打率をマークしていた。キューバ代表としては当初は結果を残せず、初選出の2001年11月に台湾で開催されたIBAFワールドカップでは打率1割未満の大不振だった。
2004年8月のアテネオリンピック野球キューバ代表として33打数11安打・打率.333・5打点の活躍。
2005年9月の第36回IBAFワールドカップでも31打数12安打・打率.387・5打点の好成績を残した。
2006年3月の第1回WBCキューバ代表としては準決勝の対ドミニカ共和国戦でオダリス・ペレスから逆転適時打を放つなど全8試合に出場して打率.345・1本塁打・7打点の成績を残し、チームの準優勝に大きく貢献した。
守備位置は右翼手専任で、晩年になると衰えもあり、国内外ともに指名打者としての出場が多かった。
2009年11月19日に33歳で現役を引退した[1]。