ラファエル・ベタンコート

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1975-04-29) 1975年4月29日(50歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
200 lb =約90.7 kg
ラファエル・ベタンコート
Rafael Betancourt
ロッキーズ時代(2012年4月22日)
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 スクレ州クマナ
生年月日 (1975-04-29) 1975年4月29日(50歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1993年 アマチュア・フリーエージェントとしてボストン・レッドソックスと契約
初出場 NPB / 2000年6月10日
MLB / 2003年7月13日
最終出場 NPB / 2000年8月17日
MLB / 2015年8月22日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ベネズエラの旗 ベネズエラ代表
WBC 2006年

ラファエル・ホセ・ベタンコートRafael José Betancourt, 1975年4月29日 - )は、ベネズエラスクレ州クマナ出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

レッドソックス傘下時代

1993年9月13日ボストン・レッドソックスと契約。

1994年から1996年までの3年間は遊撃手で、1997年に投手に転向。1999年11月18日にレッドソックスを解雇された。

日本球界時代

2000年横浜ベイスターズ抑え投手として主力であった佐々木主浩シアトル・マリナーズに移籍した穴を埋めるためにベタンコートを獲得したがオープン戦で結果を残せず開幕二軍スタートとなった、一軍登録初登板は先発投手として上がり1勝を挙げたが先発としてはスタミナ不足で先発からは外され後半戦リリーフの再編で中継ぎ登板もしたが目立った活躍はできず、シーズン終了後に解雇された。

レッドソックス傘下復帰

2000年12月13日、再びレッドソックスと契約した。

2001年5月にヒジを故障し、7月に手術を行ったためほとんど投げられず、その年限りで自由契約となった。

インディアンス時代

2003年1月20日クリーブランド・インディアンスと契約。同年7月13日シカゴ・ホワイトソックス戦でメジャーデビュー。翌年にはリリーフの一角として頭角を現す。

2005年7月8日ステロイド剤の使用が発覚し、10試合の出場停止処分を受けた[1]。登板数は54と前年より減ったものの、シーズンを通して安定した投球を見せた[2]

2006年開幕前の3月に第1回WBCベネズエラ代表に選出された[3]

2007年ジョー・ボロウスキーへのセットアップマンとしてスコット・シールズとともにリーグ最多タイの31ホールドを記録。

クリーブランド・インディアンス時代
(2009年4月10日)

年俸調停権を得たベタンコートは2008年の年俸として250万ドルを要求。それに対し、球団は175万ドルを提示したが、調停を避け、2008年1月23日に2年総額540万ドルの契約で合意[4]。2008年は自己最多の69試合に登板したが、防御率5.07は自己ワーストとなった。

ロッキーズ時代

2009年7月24日コナー・グラハムとのトレードで、コロラド・ロッキーズへ移籍。打者天国のクアーズ・フィールドを本拠地としてからも好成績を維持した。

2010年2011年は2年連続でWHIPが1.00を切った。

2012年1月25日、2年総850万ドル(3年目はオプション)でロッキーズと契約を延長した[5]。シーズンでもクローザーとして自己最多の31セーブを記録した。

2013年8月にトミー・ジョン手術を受け、オフにFA となる。

2014年4月25日にロッキーズとマイナー契約で再契約[6]。7月から傘下のマイナーで実戦復帰するが、メジャーでの登板なくシーズンを終える。

2015年1月30日にロッキーズとマイナー契約で再契約し、4月1日にメジャー契約を結び開幕25人枠入りする。8月22日DFAとなり[7]、27日に自由契約となった。

2016年2月26日に現役引退が発表された[8]

投球スタイル

インディアンス及びロッキーズでは、リリーバーの役目を担っている。武器としている球種は、しばしばスライダーと間違えられるカーブ、時速90-94マイルを記録するフォーシーム・ファストボールである。カッターチェンジアップも投げる。イニング数と同等の奪三振数を記録しており、与四球も少ない。ヒジには、手術に際に埋め込まれた金属板と6本のねじが入っている。

ベタンコートは、ワインドアップポジション時の動作が変わっていることで知られている。走者がいるとき、投球動作に入るまで絶えず足で投手板を軽くタップし続ける。また、次の投球までの間は、常に帽子のつばを引っ張ったり手をあちこち動かしている。このワインドアップポジション時の動作はリーグで最も長い部類である。投手による故意の遅延を避けるため、投手は多くとも12秒以内に投球をしなければ自動的に投球判定がボールとなるルールがあるが、それが適用された数少ない一人である。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2000 横浜 114000120--.33312728.23051101161216134.081.43
2003 CLE 3300002214.50015438.0275132136101192.131.05
2004 68000056412.45528666.27171860765132293.921.34
2005 54000043110.57127267.25751720730023212.791.09
2006 5000003437.42923156.25271150480025243.811.11
2007 68000051331.83328979.1514930800013131.470.76
2008 69000034412.42930971.076112550642041405.071.42
2009 2900001218.33312930.22531540320015123.521.30
COL 32000031112.7509825.11715102900551.780.87
'09計 61000043220.57122756.04242050610020172.731.11
2010 72000051123.83324862.1529820897025253.610.96
2011 680000208221.00023762.1467800731221202.890.87
2012 60000014311.20023657.25361240570119182.811.13
2013 32000025160.28612328.22621120271015134.081.29
2015 4500002418.33317539.14341240400029276.181.40
NPB:1年 114000120--.33312728.23051101161216134.081.43
MLB:12年 6800000383775149.5072787685.2596711644017241742742563.361.11
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 「-」は記録なし

記録

NPB

背番号

  • 22 (2000年)
  • 63 (2003年 - 2013年、2015年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI