レニー・ハリス

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生年月日 (1964-10-28) 1964年10月28日(60歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
195 lb =約88.5 kg
レニー・ハリス
Lenny Harris
ナショナルズでのコーチ時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 フロリダ州マイアミ
生年月日 (1964-10-28) 1964年10月28日(60歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 内野手
プロ入り 1983年 MLBドラフト5巡目(全体108位)でシンシナティ・レッズから指名
初出場 1988年9月7日
最終出場 2005年10月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

レナード・アンソニー・ハリスLeonard Anthony Harris, 1964年10月28日 - )は、アメリカ合衆国フロリダ州マイアミ出身の元プロ野球選手内野手)。右投左打。

現役時代はナ・リーグ一筋8球団でプレーしており、代打での通算安打212本のMLB記録保持者である。

プロ入りとレッズ時代

1983年6月6日MLBドラフトシンシナティ・レッズから5巡目(全体108位)指名を受け、2日後の6月8日、正式に選手契約を結んだ。その後はマイナーリーグで経験を積んで、プロ6年目となる1988年に、レッズでメジャーデビューを果たした。対戦相手はサンディエゴ・パドレスで、ハリスは代走としての試合出場だった。1988年は、43打数という限られたチャンスの中で16安打を放ち、.372という高い打率を記録した。1988年に、シュアなバッティングを見せたため、メジャー2年目の1989年は開幕からレギュラー格の選手として試合に出場。しかし、61試合で打率.223と振るわなかった。

ドジャース時代

1989年6月18日ティム・リアリーマリアーノ・ダンカンとのトレードで、カル・ダニエルズと共にロサンゼルス・ドジャースで移籍した。移籍後も、54試合で.252と平凡な数字に終わった。しかし、開幕からドジャースで試合に出場できた1990年は、打数が400を越え、.300台の打率をマーク。巧打者として、まずまずの働きを見せた。その後1992年まではまずまずの数字を残していたが、1993年になって成績が急落。FAとなる年に結果を残せなかった。10月8日にFAとなった。

レッズ復帰

1993年12月1日に古巣のレッズと契約を結んだ。復帰1年目となった1994年ストライキのあったシーズン。それも影響してか66試合の出場に留まったが、打率は再び.300台に乗った。だが、翌1995年は再び不振に陥り、.200前半の打率しか残せなかった。1996年は準レギュラーと呼べる程度に試合に出場。まずまずの働きを見せたが、打率が.300台に戻る事はなかった。シーズンオフの10月31日にFAとなり、同年の11月13日にレッズと再契約を結んだ。1997年1998年もまずまずの働きを見せていた。

メッツ時代

1998年7月3日ジョン・フーデックとのトレードで、ニューヨーク・メッツへ移籍した。メッツでは、打率こそ低調だったものの75試合で6本塁打を放ち、パワーをアピールした。同年の10月31日にFAとなった。

ロッキーズ時代

1998年11月9日コロラド・ロッキーズと契約を結んだ。1999年はロッキーズで.300に迫る打率を記録した。

ダイヤモンドバックス時代

1999年8月31日にマイナーリーガーのベルバーニ・マルティネスとトレードで、アリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍した。ダイヤモンドバックス移籍後は、29打数11安打で.379という打率をマーク。シーズントータルの打率を.300に乗せた。2000年も引き続き、ダイヤモンドバックスで開幕を迎えたハリスだったが、36試合で打率.188と極度の不振に陥った。

メッツ復帰

2000年7月2日ビル・パルシファーとのトレードでメッツに復帰。自身2度目となったメッツでのシーズンは、76試合に出場して.300台の打率を維持した。3年連続でのシーズン中トレードから解放されたハリスは、2001年をメッツで過ごしたが、打率.222と期待に応える事は出来なかった。また、この年にそれまでマニー・モタ(元ドジャース他)が記録していた代打での通算安打数を更新した。

ブルワーズ時代

2002年は開幕前に猛烈なトレード劇に巻き込まれた。

トレードの内約:1月21日に実施。メッツがグレンドン・ラッシュミルウォーキー・ブルワーズに放出。メッツがベニー・アグバヤニトッド・ジール+金銭をロッキーズに放出。ロッキーズがクレイグ・ハウスロス・グロードをメッツに放出。ロッキーズがアレックス・オチョアをブルワーズに放出。ブルワーズがジェフ・ダミーコジェロミー・バーニッツルー・コーリアーマーク・スウィーニー+金銭をメッツに放出。なおこのトレードには日本に馴染みの深い選手であるベニー・アグバヤニ(千葉ロッテマリーンズ)と、アレックス・オチョア(元中日ドラゴンズ)が絡んでいた。

この大型トレードでラッシュと共にブルワーズへと移籍したハリスは、122試合に出場して.305という打率をマーク。打数こそ200に届かなかったものの、ベテラン内野手として渋い働きを見せた。シーズンオフの10月28日にFAとなった。

カブス時代

2003年1月27日シカゴ・カブスと契約した。しかし、極度の不振に陥ってしまい、8月2日にカブスを解雇されてしまった。

マーリンズ時代

カブス解雇後に救いの手を差し伸べたのはフロリダ・マーリンズだった。8月11日に再びメジャーへの切符を手にしたハリスだったが、出場機会も極小に留まり、結果を残す事ができなかった。11月5日にFAとなったハリスは、2004年1月2日にマーリンズと再契約を結んだ。しかし、結果を残す事が出来ず、年齢的にも限界の近づいて来たハリスは、10月27日にFAに。いよいよ終わりの時かと思われたが、12月7日にマーリンズと再々契約を結ぶ事が出来た。2005年、不惑を迎えたハリスは、少ない出場機会で.300を越える打率をマーク。しかし、2006年3月29日にマーリンズを解雇された。

引退後

2007年途中から2008年までワシントン・ナショナルズで打撃コーチを務め、その後はマーリンズ傘下やドジャース傘下のマイナーでコーチを歴任。2015年よりマーリンズの打撃コーチ補佐を務める[1]。シーズン途中の5月にブレット・バトラーに代わり、三塁コーチに配置転換され、翌2016年まで務めた。

プレースタイル

打者としてのタイプは、三振の少ない巧打者タイプ。出場試合数及び打数にバラつきがあるとはいえ、.300を超える打率を6度マークしたことがある。しかし、パワーはなく、1シーズンでの最多本塁打は6本が最高である。足の速さは、平均以上。若かった頃には何度となく二桁盗塁を記録している。守備では、現役時代は三塁手二塁手を始め、外野守備に就く機会も多かった。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1988 CIN 165143716100178411250040.372.420.395.815
1989 611991881742402521110610901205.223.263.277.540
LAD 541591471937611481543001101139.252.308.327.635
'89計 11535833536791013100261491020023314.236.283.299.582
1990 137465431611311642161291510312921318.304.348.374.722
1991 1454854295912316131503812312237553216.287.349.350.699
1992 13538034728941100105301976224312410.271.318.303.621
1993 1071761602038612521131101540154.238.303.325.628
1994 CIN 66106100133131036147201500130.310.340.360.700
1995 10121519732418326116101311400206.208.259.310.569
1996 1253333023386172512232146632111313.285.330.404.734
1997 120263238326513138928433218121810.273.327.374.701
1998 5713312212368004410130282198.295.338.361.699
NYM 75184168183970664175242911125.232.272.381.653
'98計 1323172903075150610827654417322113.259.300.372.672
1999 COL 91164158154712005913110060067.297.323.373.696
ARI 193029211101157100100010.379.367.517.884
'99計 110194187175813017420210160077.310.330.396.726
2000 3691859161112213500331053.188.209.259.468
NYM 761571382242633631381201710174.304.381.457.838
'00計 11224822331587448526131232020227.260.317.381.698
2001 1101431351230510379320080093.222.266.274.540
2002 MIL 1222151972360823811741111412174.305.355.411.766
2003 CHC 75146131112430130710111330201.183.255.229.484
FLA 1317143400041000030011.286.412.286.698
'03計 88163145142830134810111630212.193.272.234.506
2004 7999957205012817000130082.211.232.295.527
2005 83787052240129130100711113.314.385.414.799
通算:18年 1903428939244601055161213713693691315444252792617337112.269.318.349.667

背番号

  • 56 (1988年)
  • 7 (1989年 - 同年途中)
  • 29 (1989年途中 - 1993年、1999年途中 - 2000年途中、2003年 - 同年途中、2015年途中 - 2016年)
  • 28 (1994年 - 1998年途中、1999年 - 同年途中)
  • 19 (1998年途中 - 同年終了、2000年途中 - 2001年)
  • 16 (2002年)
  • 10 (2003年途中 - 2005年)
  • 9 (2007年 - 2008年)
  • 49 (2015年 - 同年途中)

脚注

関連項目

外部リンク

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