ワンヒン・ミナヨーティン
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | チャヤポーン・ムーンスリー |
| 通称 |
ワンヒン・CPフレッシュマート Thailand Dwarf Giant ワンヒン・ガイヤーンハーダオジム The Wolf(狼) |
| 階級 | ミニマム級 |
| 身長 | 158cm |
| 国籍 |
|
| 誕生日 | 1985年10月27日(40歳) |
| 出身地 | マハーサーラカーム県 |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 59 |
| 勝ち | 55 |
| KO勝ち | 19 |
| 敗け | 3 |
| 引き分け | 0 |
| 無効試合 | 1 |
ワンヒン・ミナヨーティン(Wanheng Menayothin、1985年10月27日 - )は、タイの元プロボクサー、元ムエタイ選手。マハーサーラカーム県出身。元WBC世界ミニマム級王者。
ムエタイ
13歳の時にムエタイのトレーニングを始め、ルンピニー・スタジアム王座とタイ国王座を獲得した[1][2]。
ボクシング転向
2007年1月26日、ターク県ムアンターク郡テーサバーンムアン・タークでロエル・ゲイドとボクシングデビュー戦を行い、6回3-0の判定勝ちを収めた[3]。
2007年3月30日、サムットプラーカーン県で馬一鳴とWBC世界ミニマム級ユース王座決定戦を行い、初回2分21秒TKO勝ちを収め王座獲得に成功した。
2007年10月24日、サムットプラーカーン県バーンプリー郡でアルマンド・デラ・クルスとWBCユース世界ミニマム級タイトルマッチを行い、5回KO勝ちを収め2度目の防衛に成功した。
2008年4月25日、バンコクでソフヤン・エフェンディとWBCユース世界ミニマム級タイトルマッチを行い、10回3-0(97-93×2、98-92)の判定勝ちを収め3度目の防衛に成功した。
2009年2月25日、アユタヤ県のアユタヤ歴史公園でアディ・ヌクンとWBCユース世界ミニマム級タイトルマッチを行い、10回判定勝ちを収め6度目の防衛に成功した。
2009年10月2日、ナコーンパノム県でジャスティン・ゴールデン・ボーイとWBCユース世界ミニマム級タイトルマッチを行い、3回2分21秒KO勝ちを収め8度目の防衛に成功した。
2009年12月24日、バンコクの国王警護隊第11駐屯地内特設会場でジェイソン・ロトニーとWBCインターナショナルミニマム級暫定王座決定戦を行い、12回3-0(116-112、117-112×2)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。
2010年4月30日、アユタヤ県のアユタヤ歴史公園でロネル・フェレラスとWBC暫定インターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、12回3-0(117-111×3)の判定勝ちを収め初防衛に成功した。
2010年8月6日、バンコクでジェイソン・ロトニーと8ヵ月ぶりに再戦し、12回3-0(117-111、116-112×2)の判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した。
2011年1月6日、ナコーンパトム県でレミー・クアンボットとWBCインターナショナルミニマム級シルバー王座決定戦を行い、10回1分57秒3-0(97-93、96-93、97-92)の負傷判定勝ちを収め王座獲得に成功した。
2011年3月31日、サラブリー県でノリ・モラレスとWBCシルバーインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、6回12秒3-0(59-54×2、60-54)の負傷判定勝ちを収め初防衛に成功した。
2011年6月24日、バンコクワントーンラーン区のチョクチャイ4市場で元IBF世界ミニマム級王者のフローレンテ・コンデスとWBCシルバーインターナショナル同級タイトルマッチを行い、12回3-0(116-112×3)の判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した。
2011年9月20日、カーンチャナブリー県でジェットリー・プリシマとWBCシルバーインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、11回47秒KO勝ちを収め3度目の防衛に成功した。
2011年11月17日、ノーンカーイ県ターボー郡でクリソン・オマヤオとWBCインターナショナルミニマム級王座決定戦を行い、12回3-0(116-111×3)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。
2012年2月24日、バンコクのサイアム・ソシエティ・ホテル&カジノでジョナサン・レフヒオとWBCインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、9回2分40秒TKO勝ちを収め初防衛に成功した。
2012年9月28日、チエンマイ県でヘルソン・ルザリトとWBCインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、8回41秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した。
2012年12月3日、バンコクの国王警護隊第11駐屯地内特設会場でロイロ・ゴレスとWBCインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、12回3-0(117-110、116-111、119-108)の判定勝ちを収め3度目の防衛に成功した。
2013年5月31日、カーンチャナブリー県でラウル・プスタ・ジュニアとWBCインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、9回1分41秒TKO勝ちを収め4度目の防衛に成功した。
2013年7月24日、ピッサヌローク県でドミ・ネノケバとミニマム級6回戦を行い、2回TKO勝ちを収めた。
2013年8月30日、チョンブリー県で岩橋優馬とWBCインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、、12回3-0(120-108×2、119-109)の判定勝ちを収め5度目の防衛に成功した。
2013年12月27日、バンコクバーンケーン区ンガム・ウォン・ワン通りのサイアム・パラダイス・エンターテイメント・コンプレックスでマディッ・サダとミニマム級6回戦を行い、6回3-0の判定勝ちを収めた。
2014年4月25日、バンコクワントーンラーン区のチョクチャイ4市場でドミ・ネノケバとミニマム級6回戦を行い、4回TKO勝ちを収めた。
WBC王者
2014年11月6日、チョンブリー県ムアンチョンブリー郡でWBC世界ミニマム級王者のオズワルト・ノボアとWBC世界同級タイトルマッチを行い、ノボアが9回終了時に棄権した為TKO勝ちを収め王座を獲得した[4][5]。
2015年2月5日、ナコーンサワン県ムアンナコーンサワン郡でWBC世界ミニマム級12位のジェフリー・ガレロとWBC世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(119-109、120-108、120-109)の判定勝ちを収め初防衛に成功した。
2015年6月2日、バンコクカンナーヤーオ区でWBC世界ミニマム級25位のジェリー・トモグダンとWBC世界同級タイトルマッチを行い、9回KO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[6]。
2015年11月24日、バンコクで元PABAフライ級王者およびWBC世界ミニマム級6位の裵永吉とWBC世界同級タイトルマッチを行い、9回TKO勝ちを収め3度目の防衛に成功した[7]。
2016年3月3日、ナコーンラーチャシーマー県で元OPBF東洋太平洋ミニマム級王者およびWBC世界同級9位の大平剛とWBC世界同級タイトルマッチを行い、5回2分TKO勝ちを収め4度目の防衛に成功した[8]。
2016年8月4日、チョンブリー県でWBC世界ミニマム級1位のサウル・ファレスとWBC世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(116-112、116-113、115-113)の判定勝ちを収め5度目の防衛に成功した[9]。
2017年1月25日、ピッサヌローク県でWBC世界ミニマム級9位のメルヴィン・ジェルサレムとWBC世界同級タイトルマッチを行い、一進一退の攻防の末に12回3-0(114-113×2、115-113)の僅差の判定勝ちを収め6度目の防衛に成功した[10][11]。
2017年3月31日、バンコクでジェイセベル・アブセデとミニマム級6回戦を行い、6回3-0の判定勝ちを収めた[12][13]。
2017年6月3日、ラヨーン県でWBC世界ミニマム級4位のオマリ・キムウェリとWBC世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(117-110、118-109×2)の判定勝ちを収め7度目の防衛に成功した[14]。
2017年11月25日、ナコーンラーチャシーマー県で元WBO世界ミニマム級王者でWBC世界ミニマム級9位の福原辰弥とWBC世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(118-110、117-113、116-112)の判定勝ちを収め8度目の防衛に成功した[15][16]。この試合でロッキー・マルシアノの持つ無敗記録に並んだ。
2018年5月2日、ナコーンラーチャシーマー県でWBC世界ミニマム級1位のリロイ・エストラーダとWBC世界同級タイトルマッチを行い、5回KO勝ちを収めフロイド・メイウェザー・ジュニアに並ぶ無敗記録を樹立すると共に9度目の防衛に成功した[17][18][19]。
2018年8月29日、ナコーンサワン県でWBC世界ミニマム級14位のペドロ・タドゥランとWBC世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(117-110、118-108、115-111)の判定勝ちを収め10度目の防衛に成功すると共にフロイド・メイウェザー・ジュニアと並んでいた無敗記録を51に更新した[20][21][22]。
2018年11月16日、メクティソン・マルガンティとミニマム級6回戦を行い、6回3-0の判定勝ちを収めデビュー戦以来の無敗記録を52に更新した[23]。
2019年5月31日、チャチューンサオ県でWBC世界ミニマム級4位の福原辰弥と再戦し、8回に偶然のバッティングによりワンヒンが右目の上をカット、このカットで試合続行不能となり8回3-0(78-74×2、79-73)の負傷判定勝ちを収め11度目の防衛に成功すると共に、デビュー戦以来の無敗記録を53に更新した[24][25]。
2019年7月23日、ゴールデンボーイ・プロモーションズと契約した[26]。
2019年10月25日、チョンブリー県でWBC世界ミニマム級1位およびIBO世界ミニマム級王者のシンピウェ・コンコとWBC世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(118-109、116-110、117-109)の判定勝ちを収め12度目の防衛に成功するとともに、デビュー戦以来の無敗記録を54に更新した[27][28][29]。当初はワンヒンがケンプトンパークのエンペラーズ・パレス内コンベンションセンター・センターコートで初めて敵地での試合になる予定だった[30]。
2020年2月11日、アメリカデビュー戦としてカリフォルニア州インディオのファンタジー・スプリングス・リゾート・カジノ内スペシャル・イベント・センターでWBC世界ミニマム級10位のマルコ・ジョン・レメンティゾと13度目の防衛と共にデビュー戦以来続いている無敗記録を55に更新することを目指して対戦する試合が、同年4月25日に決定したが[31][32]、同年3月17日に新型コロナウイルスの影響で中止になった[33][34]。
2020年6月21日、SNSで現役引退を表明した[35]。しかし翌日には投稿を削除して引退を撤回した[36]。
王座陥落
2020年11月27日、ナコーンサワン県でWBC世界ミニマム級3位で同門のペッチマニー・ゴーキャットジムとWBC世界同級タイトルマッチを行うも、12回0-3(113-115×3)で判定負けを喫し13度目の防衛に失敗、王座から陥落すると共にプロデビュー戦から続いていた無敗記録が54で止まった[37][38][39]。
2022年3月29日、ナコーンサワン県のナコンサワン市庁舎グラウンドで同門のWBC世界ミニマム級王者ペッチマニー・ゴーキャットジムとダイレクトリマッチを行うも、12回0-3(111-117×3)の判定負けを喫し王座返り咲きに失敗した[40][41]。
2022年7月20日、チョンブリー県で同門のWBA世界ミニマム級スーパー王者のノックアウト・CPフレッシュマートとWBA世界同級タイトルマッチを行い、12回0-3(112-116、111-117、109-119)の判定負けを喫しWBC王座に続くWBAスーパー王座の獲得に失敗した[42]。