ワンヒン・ミナヨーティン

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本名 チャヤポーン・ムーンスリー
通称 ワンヒン・CPフレッシュマート
Thailand Dwarf Giant
ワンヒン・ガイヤーンハーダオジム
The Wolf(狼)
身長 158cm
ワンヒン・ミナヨーティン
基本情報
本名 チャヤポーン・ムーンスリー
通称 ワンヒン・CPフレッシュマート
Thailand Dwarf Giant
ワンヒン・ガイヤーンハーダオジム
The Wolf(狼)
階級 ミニマム級
身長 158cm
国籍 タイ王国の旗 タイ
誕生日 (1985-10-27) 1985年10月27日(40歳)
出身地 マハーサーラカーム県
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 59
勝ち 55
KO勝ち 19
敗け 3
引き分け 0
無効試合 1
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ワンヒン・ミナヨーティンWanheng Menayothin1985年10月27日 - )は、タイの元プロボクサー、元ムエタイ選手。マハーサーラカーム県出身。元WBC世界ミニマム級王者。

ムエタイ

13歳の時にムエタイのトレーニングを始め、ルンピニー・スタジアム王座とタイ国王座を獲得した[1][2]

ボクシング転向

2007年1月26日、ターク県ムアンターク郡テーサバーンムアン・ターク英語版でロエル・ゲイドとボクシングデビュー戦を行い、6回3-0の判定勝ちを収めた[3]

2007年3月30日、サムットプラーカーン県馬一鳴英語版WBC世界ミニマム級ユース王座決定戦を行い、初回2分21秒TKO勝ちを収め王座獲得に成功した。

2007年10月24日、サムットプラーカーン県バーンプリー郡でアルマンド・デラ・クルスとWBCユース世界ミニマム級タイトルマッチを行い、5回KO勝ちを収め2度目の防衛に成功した。

2008年4月25日、バンコクでソフヤン・エフェンディとWBCユース世界ミニマム級タイトルマッチを行い、10回3-0(97-93×2、98-92)の判定勝ちを収め3度目の防衛に成功した。

2009年2月25日、アユタヤ県アユタヤ歴史公園でアディ・ヌクンとWBCユース世界ミニマム級タイトルマッチを行い、10回判定勝ちを収め6度目の防衛に成功した。

2009年10月2日、ナコーンパノム県でジャスティン・ゴールデン・ボーイとWBCユース世界ミニマム級タイトルマッチを行い、3回2分21秒KO勝ちを収め8度目の防衛に成功した。

2009年12月24日、バンコクの国王警護隊第11駐屯地内特設会場でジェイソン・ロトニーとWBCインターナショナルミニマム級暫定王座決定戦を行い、12回3-0(116-112、117-112×2)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。

2010年4月30日、アユタヤ県のアユタヤ歴史公園でロネル・フェレラスとWBC暫定インターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、12回3-0(117-111×3)の判定勝ちを収め初防衛に成功した。

2010年8月6日、バンコクでジェイソン・ロトニーと8ヵ月ぶりに再戦し、12回3-0(117-111、116-112×2)の判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した。

2011年1月6日、ナコーンパトム県でレミー・クアンボットとWBCインターナショナルミニマム級シルバー王座決定戦を行い、10回1分57秒3-0(97-93、96-93、97-92)の負傷判定勝ちを収め王座獲得に成功した。

2011年3月31日、サラブリー県でノリ・モラレスとWBCシルバーインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、6回12秒3-0(59-54×2、60-54)の負傷判定勝ちを収め初防衛に成功した。

2011年6月24日、バンコクワントーンラーン区のチョクチャイ4市場で元IBF世界ミニマム級王者のフローレンテ・コンデスとWBCシルバーインターナショナル同級タイトルマッチを行い、12回3-0(116-112×3)の判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した。

2011年9月20日、カーンチャナブリー県でジェットリー・プリシマとWBCシルバーインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、11回47秒KO勝ちを収め3度目の防衛に成功した。

2011年11月17日、ノーンカーイ県ターボー郡英語版でクリソン・オマヤオとWBCインターナショナルミニマム級王座決定戦を行い、12回3-0(116-111×3)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。

2012年2月24日、バンコクのサイアム・ソシエティ・ホテル&カジノでジョナサン・レフヒオとWBCインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、9回2分40秒TKO勝ちを収め初防衛に成功した。

2012年9月28日、チエンマイ県でヘルソン・ルザリトとWBCインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、8回41秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した。

2012年12月3日、バンコクの国王警護隊第11駐屯地内特設会場でロイロ・ゴレスとWBCインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、12回3-0(117-110、116-111、119-108)の判定勝ちを収め3度目の防衛に成功した。

2013年5月31日、カーンチャナブリー県でラウル・プスタ・ジュニアとWBCインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、9回1分41秒TKO勝ちを収め4度目の防衛に成功した。

2013年7月24日、ピッサヌローク県でドミ・ネノケバとミニマム級6回戦を行い、2回TKO勝ちを収めた。

2013年8月30日、チョンブリー県で岩橋優馬とWBCインターナショナルミニマム級タイトルマッチを行い、、12回3-0(120-108×2、119-109)の判定勝ちを収め5度目の防衛に成功した。

2013年12月27日、バンコクバーンケーン区ンガム・ウォン・ワン通りのサイアム・パラダイス・エンターテイメント・コンプレックスでマディッ・サダとミニマム級6回戦を行い、6回3-0の判定勝ちを収めた。

2014年4月25日、バンコクワントーンラーン区のチョクチャイ4市場でドミ・ネノケバとミニマム級6回戦を行い、4回TKO勝ちを収めた。

WBC王者

2014年11月6日、チョンブリー県ムアンチョンブリー郡でWBC世界ミニマム級王者のオズワルト・ノボアとWBC世界同級タイトルマッチを行い、ノボアが9回終了時に棄権した為TKO勝ちを収め王座を獲得した[4][5]

2015年2月5日、ナコーンサワン県ムアンナコーンサワン郡でWBC世界ミニマム級12位のジェフリー・ガレロとWBC世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(119-109、120-108、120-109)の判定勝ちを収め初防衛に成功した。

2015年6月2日、バンコクカンナーヤーオ区でWBC世界ミニマム級25位のジェリー・トモグダンとWBC世界同級タイトルマッチを行い、9回KO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[6]

2015年11月24日、バンコクで元PABAフライ級王者およびWBC世界ミニマム級6位の裵永吉とWBC世界同級タイトルマッチを行い、9回TKO勝ちを収め3度目の防衛に成功した[7]

2016年3月3日、ナコーンラーチャシーマー県で元OPBF東洋太平洋ミニマム級王者およびWBC世界同級9位の大平剛とWBC世界同級タイトルマッチを行い、5回2分TKO勝ちを収め4度目の防衛に成功した[8]

2016年8月4日、チョンブリー県でWBC世界ミニマム級1位のサウル・ファレスとWBC世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(116-112、116-113、115-113)の判定勝ちを収め5度目の防衛に成功した[9]

2017年1月25日、ピッサヌローク県でWBC世界ミニマム級9位のメルヴィン・ジェルサレムとWBC世界同級タイトルマッチを行い、一進一退の攻防の末に12回3-0(114-113×2、115-113)の僅差の判定勝ちを収め6度目の防衛に成功した[10][11]

2017年3月31日、バンコクでジェイセベル・アブセデとミニマム級6回戦を行い、6回3-0の判定勝ちを収めた[12][13]

2017年6月3日、ラヨーン県でWBC世界ミニマム級4位のオマリ・キムウェリとWBC世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(117-110、118-109×2)の判定勝ちを収め7度目の防衛に成功した[14]

2017年11月25日、ナコーンラーチャシーマー県で元WBO世界ミニマム級王者でWBC世界ミニマム級9位の福原辰弥とWBC世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(118-110、117-113、116-112)の判定勝ちを収め8度目の防衛に成功した[15][16]。この試合でロッキー・マルシアノの持つ無敗記録に並んだ。

2018年5月2日、ナコーンラーチャシーマー県でWBC世界ミニマム級1位のリロイ・エストラーダとWBC世界同級タイトルマッチを行い、5回KO勝ちを収めフロイド・メイウェザー・ジュニアに並ぶ無敗記録を樹立すると共に9度目の防衛に成功した[17][18][19]

2018年8月29日、ナコーンサワン県でWBC世界ミニマム級14位のペドロ・タドゥランとWBC世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(117-110、118-108、115-111)の判定勝ちを収め10度目の防衛に成功すると共にフロイド・メイウェザー・ジュニアと並んでいた無敗記録を51に更新した[20][21][22]

2018年11月16日、メクティソン・マルガンティとミニマム級6回戦を行い、6回3-0の判定勝ちを収めデビュー戦以来の無敗記録を52に更新した[23]

2019年5月31日、チャチューンサオ県でWBC世界ミニマム級4位の福原辰弥と再戦し、8回に偶然のバッティングによりワンヒンが右目の上をカット、このカットで試合続行不能となり8回3-0(78-74×2、79-73)の負傷判定勝ちを収め11度目の防衛に成功すると共に、デビュー戦以来の無敗記録を53に更新した[24][25]

2019年7月23日、ゴールデンボーイ・プロモーションズと契約した[26]

2019年10月25日、チョンブリー県でWBC世界ミニマム級1位およびIBO世界ミニマム級王者のシンピウェ・コンコとWBC世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(118-109、116-110、117-109)の判定勝ちを収め12度目の防衛に成功するとともに、デビュー戦以来の無敗記録を54に更新した[27][28][29]。当初はワンヒンがケンプトンパークのエンペラーズ・パレス内コンベンションセンター・センターコートで初めて敵地での試合になる予定だった[30]

2020年2月11日、アメリカデビュー戦としてカリフォルニア州インディオファンタジー・スプリングス・リゾート・カジノ内スペシャル・イベント・センターでWBC世界ミニマム級10位のマルコ・ジョン・レメンティゾと13度目の防衛と共にデビュー戦以来続いている無敗記録を55に更新することを目指して対戦する試合が、同年4月25日に決定したが[31][32]、同年3月17日に新型コロナウイルスの影響で中止になった[33][34]

2020年6月21日、SNSで現役引退を表明した[35]。しかし翌日には投稿を削除して引退を撤回した[36]

王座陥落

2020年11月27日、ナコーンサワン県でWBC世界ミニマム級3位で同門のペッチマニー・ゴーキャットジムとWBC世界同級タイトルマッチを行うも、12回0-3(113-115×3)で判定負けを喫し13度目の防衛に失敗、王座から陥落すると共にプロデビュー戦から続いていた無敗記録が54で止まった[37][38][39]

2022年3月29日、ナコーンサワン県のナコンサワン市庁舎グラウンドで同門のWBC世界ミニマム級王者ペッチマニー・ゴーキャットジムとダイレクトリマッチを行うも、12回0-3(111-117×3)の判定負けを喫し王座返り咲きに失敗した[40][41]

2022年7月20日、チョンブリー県で同門のWBA世界ミニマム級スーパー王者ノックアウト・CPフレッシュマートとWBA世界同級タイトルマッチを行い、12回0-3(112-116、111-117、109-119)の判定負けを喫しWBC王座に続くWBAスーパー王座の獲得に失敗した[42]

獲得タイトル

  • WBC世界ミニマム級ユース王座
  • WBCインターナショナルミニマム級暫定王座
  • WBCインターナショナルミニマム級シルバー王座
  • WBCインターナショナルミニマム級王座
  • WBC世界ミニマム級王座(防衛12)

脚注

関連項目

外部リンク

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