上久雄
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広島市立国泰寺中学校を経て、広島山陽高校では渡部英麿監督の指導を受けた。卒業後は寺西忠成監督に誘われ、1960年に八幡製鉄サッカー部へ入部。身体能力に優れ、ハードタックルと空中戦に強さを発揮。渡辺正・宮本輝紀らと共に主力選手として活躍し、ストッパーとして相手チームのエースのマークを任され、1966年と1967年には2年連続で「年間優秀11人賞」に選出される。日本代表では主にハーフバックとして活躍し、東京五輪では代表初のベスト8進出に貢献[1]。メキシコシティ五輪は予選こそレギュラーとして出場したが、本戦では登録メンバーから外れた。1964年から1969年の間に国際Aマッチ15試合に出場し、1972年に現役を引退。
引退後は新日鐵でコーチ(1973年 - 1975年)・監督(1980年 - 1983年, 1987年 - 1989年)を務め、コーチ時代は選手兼任の宮本と共に監督の渡辺を支えた。監督在任中は寺西が特別指導者としてチームに参加し、大井成元を見出だした。
個人成績
代表歴
出場大会など
- 東京オリンピック(ベスト8)
- アジア競技大会(1966年)
- メキシコシティオリンピック予選
試合数
- 国際Aマッチ 15試合 0得点(1964-1968)
| 日本代表 | 国際Aマッチ | その他 | 期間通算 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 |
| 1964 | 1 | 0 | 10 | 0 | 11 | 0 |
| 1965 | 3 | 0 | 9 | 0 | 12 | 0 |
| 1966 | 5 | 0 | 12 | 0 | 17 | 0 |
| 1967 | 4 | 0 | 10 | 0 | 14 | 0 |
| 1968 | 2 | 0 | 4 | 0 | 6 | 0 |
| 1969 | 0 | 0 | 8 | 0 | 8 | 0 |
| 通算 | 15 | 0 | 53 | 0 | 68 | 0 |
出場
| No. | 開催日 | 開催都市 | スタジアム | 対戦相手 | 結果 | 監督 | 大会 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 1964年10月16日 | 駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場 | ●2-3 | 長沼健 | オリンピック | ||
| 2. | 1965年03月14日 | ○2-1 | 国際親善試合 | ||||
| 3. | 1965年03月22日 | △1-1 | 国際親善試合 | ||||
| 4. | 1965年03月27日 | △1-1 | 国際親善試合 | ||||
| 5. | 1966年12月10日 | ○2-1 | アジア大会 | ||||
| 6. | 1966年12月11日 | ○3-1 | アジア大会 | ||||
| 7. | 1966年12月14日 | ○1-0 | アジア大会 | ||||
| 8. | 1966年12月16日 | ○5-1 | アジア大会 | ||||
| 9. | 1966年12月19日 | ○2-0 | アジア大会 | ||||
| 10. | 1967年09月27日 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 | ○15-0 | オリンピック予選 | |||
| 11. | 1967年09月30日 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 | ○4-0 | オリンピック予選 | |||
| 12. | 1967年10月07日 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 | △3-3 | オリンピック予選 | |||
| 13. | 1967年10月10日 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 | ○1-0 | オリンピック予選 | |||
| 14. | 1968年03月30日 | △2-2 | 国際親善試合 | ||||
| 15. | 1968年03月31日 | ●1-3 | 国際親善試合 |