上海申花足球倶楽部
中国のサッカークラブ
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概要
華東隊として1951年に創立した。ホームタウンは上海市である。
チーム名の申花は上海の企業グループ上海申花集団を示す。かつてのチーム名にあるSVAは液晶ディスプレイ製造や通信事業を中核とする電機メーカーグループ「上海広電集団(SVA)」、「文広」は上海テレビなどが属する上海メディアグループ(上海文化広播影視集団、SMG)が由来である。
歴史
- 1951年
華東隊創立。
- 1993年
上海申花に改名。
- 1994年
中国プロリーグ設立。初年度より参加。
- 2002年
上海申花SVA文広足球倶楽部に改名。
AFCチャンピオンズリーグの初年度でもある2002-03大会に初出場すると予選でBECテロ・サーサナ、大田、鹿島のグループAを1勝2敗の3位で終えグループリーグ敗退した。
- 2004年
2年連続の2回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2004の予選で全北、磐田、BECテロ・サーサナのグループEを3勝3敗の3位で終えた。2年連続で3位でグループリーグ敗退した。
- 2005年
大分トリニータと業務提携。
- 2006年
3回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2006の予選でドンタム・ロンアンとの2チームによるグループGを2勝で初の決勝トーナメントに進出した。準々決勝で全北と対戦した。ホームの第1戦を1-0で勝利したがアウェイの第2戦では2-4で敗れ、合計スコア3-4で準々決勝で敗退が決定した。
- 2007年
2月に上海聯城のオーナー朱駿に買収され、申花の選手15名と聨城の選手15名で構成されたクラブとなる。
上海聯城と完全統合。リーグ開始前に上海申花聨盛足球倶楽部に改名。
2年連続の4回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2007の予選で浦和、シドニー、ペルシク・ケディリのグループEを1勝2分3敗でグループリーグ最下位の4位で終えた。グループリーグ敗退した。
2回目の出場でこの年で最後となったA3チャンピオンズカップ2007では浦和、城南一和天馬、山東魯能と対戦し、2勝1敗で優勝した。大会最優秀選手に上海申花の李鋼が受賞した。
- 2009年
2008年中国サッカーリーグ2位として、5回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2009の予選で鹿島、水原、アームド・フォーシズのグループGを2勝2分2敗の3位で終えグループリーグ敗退した。
- 2011年
6回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2011の予選で水原、鹿島、シドニーのグループHを2分4敗でグループリーグ最下位の4位で終えた。グループリーグ敗退した。また12月12日、チェルシーFCから元フランス代表FWであるニコラ・アネルカを獲得した。年俸は1060万ユーロと言われている。
- 2012年
2012年6月20日、UEFAチャンピオンズリーグを制したばかりのチェルシーからコートジボワール代表FWのディディエ・ドログバ、コロンビア代表MFジョヴァンニ・モレノが加入した。
- 2013年
2013年1月、給与未払いなどの問題からドログバが退団し、ガラタサライへ移籍。またアネルカも同様にユベントスへと移籍した。
- 2015年
三菱重工空調系統(上海)有限公司とのスポンサー契約を発表した[2]。スポンサー契約により、上海申花のユニフォーム背中に「三菱重工空調」の文字が入る。
6月25日、スペインのレバンテUDからマリ代表MFモハメド・シソッコを獲得すると、2日後の6月27日にトルコのベシクタシュJKからセネガル代表FWデンバ・バを獲得した。
- 2016年
インテル・ミラノからコロンビア代表のフレディ・グアリンを獲得した。またナイジェリア代表FWのオバフェミ・マルティンスも獲得した。
- 2017年
グレゴリオ・マンサーノ監督が2016シーズンをもって退任し、デンバ・バがベシクタシュ(トルコ)へ期限付き移籍となった。
2017シーズンよりウルグアイ人のグスタボ・ポジェが新監督に就任。補強面ではボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)からカルロス・テベスを移籍金200万ユーロ程度で、世界最高額とも言われる年俸4000万ユーロで獲得し、世界的な話題を集めた。
AFCチャンピオンズリーグの本戦出場をかけてプレーオフラウンドから出場した。2月9日、ホームでオーストラリアのブリスベン・ロアーと対戦したが0-2で敗れて、大会からの敗退が決まった。結局リーグ戦もライバル上海上港との上海ダービーに大敗するなど11位と低迷し、ポジェ監督は途中退任し、呉金貴監督が就任。呉のもとで2017中国FAカップで上海上港に3-3(アウェイゴール2-0)で勝利し優勝、翌年のアジアチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。
2018年
リーグ戦7位。パラグアイ代表MFオスカル・ロメロを獲得するも、デンバ・バは上海上港戦で骨折しその後退団した。
AFCチャンピオンズリーグのグループリーグに出場も、水原三星、鹿島アントラーズ、シドニーFC相手に5分1敗で最下位に終わった。年末に呉金貴監督が退任し、新監督にスペイン人のキケ・フローレスが就任。
2019年
長春亜泰からナイジェリア代表オディオン・イガロ、ASローマからイタリア代表エル・シャーラウィ、全北現代から韓国代表キム・シヌクらを補強も、リーグ戦13位と低迷。キケ・フローレスが7月に辞任し、後任に元韓国代表監督の崔康熙が就任。年末の。中国FAカップで山東泰山を破り優勝した。フレディ・グアリンが退団。
2020年
新型コロナウイルス感染爆発で、リーグ戦開催が遅れ集中開催に。最終順位は7位。
イガロはマンチェスター・ユナイテッドへ(レンタル後、退団)エル・シャーラウィはASローマへ復帰。オバフェミ・マルティンスも退団(武漢へ)
AFCチャンピオンズリーグ2020ではグループリーグで蔚山現代、FC東京、パースグローリーと対戦し2勝1分3敗の3位で敗退。
2021年
リーグ戦9位。8月に崔康熙が辞任。後任はクラブOBの毛毅軍が代行を務めた。10年在籍し、クラブ最多得点記録を更新したキャプテンのジョヴァン二・モレーノが退団。
2022年
リーグ戦10位。呉金貴が6回目の監督就任。
2023年
ホーム&アウェイが復活。スポンサー変更の兼合いにより、ホームスタジアムを虹口スタジアムから上海体育場へ移転。
リーグ戦5位。中国FAカップで山東泰山を1-0で破り優勝。翌年のアジアチャンピオンズリーグ出場権を獲得。年末に呉金貴監督が退任、後任に元ロシア代表監督のスルツキが就任。クラブ創設30周年を迎えた。
2024年
グラナダCFからポルトガル人DFマナファ、モレイレンセからブラジル人FWアンドレ・ルイス、武漢三鎮からFW謝鵬飛、北京国安からMF高天意を獲得した。
2月25日、中国FAスーパーカップで上海海港を1-0で破り、4回目の優勝を果たした。
2024年でスーパーリーグ2位。1位の上海海港がFAカップでも優勝したため、次期ACL本試合出場権獲得[3]。
ACLエリート24/25では、序盤3試合は好調であるものの、第4節からは連敗などを響いてしまう。
2025年
スーパーカップで上海海港を3-2で破り優勝。リーグ戦ではまたも上海海港に次ぐ2位に終わり、10度目の準優勝となった。
2026年
前年にJリーグで得点ランク2位のFWラファエル・ハットンを獲得。長くチームを支えた于漢超は現役を引退。
8月に成績不振でスルツキ監督が辞任。
タイトル
国内タイトル
- 中国甲Aリーグ:1回
- 1995,
2003(八百長などの事由により剥奪)
- 1995,
- 中国FAカップ:4回
- 1998, 2017, 2019, 2023
- 中国FAスーパーカップ:5回
- 1996, 1999, 2002, 2024, 2025
国際タイトル
- A3チャンピオンズカップ:1回
表彰
- 得点王
- ベストイレブン
- 2014 -
ジョヴァンニ・モレノ - 2016 -
デンバ・バ
- 2014 -
過去の成績
| シーズン | ディビジョン | カップ | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| リーグ | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 差 | 順位 | ||
| 2004 | 超級リーグ | 22 | 4 | 10 | 8 | 28 | 37 | −9 | 10位 | 準決勝敗退 |
| 2005 | 26 | 15 | 8 | 3 | 41 | 23 | +18 | 2位 | 準々決勝敗退 | |
| 2006 | 28 | 14 | 10 | 4 | 37 | 19 | +18 | 2位 | 準々決勝敗退 | |
| 2007 | 28 | 12 | 10 | 6 | 35 | 29 | +6 | 4位 | - | |
| 2008 | 30 | 17 | 10 | 3 | 58 | 29 | +29 | 2位 | - | |
| 2009 | 12 | 9 | 9 | 39 | 29 | +10 | 5位 | - | ||
| 2010 | 14 | 6 | 10 | 44 | 41 | +3 | 3位 | - | ||
| 2011 | 11 | 4 | 15 | 31 | 41 | −10 | 11位 | 準決勝敗退 | ||
| 2012 | 8 | 14 | 8 | 39 | 34 | +5 | 9位 | 4回戦敗退 | ||
| 2013 | 11 | 11 | 8 | 36 | 36 | 0 | 8位 | 3回戦敗退 | ||
| 2014 | 8 | 11 | 11 | 33 | 45 | −12 | 9位 | 準決勝敗退 | ||
| 2015 | 12 | 6 | 12 | 42 | 44 | −2 | 6位 | 準優勝 | ||
| 2016 | 12 | 12 | 6 | 46 | 31 | +15 | 4位 | 準決勝敗退 | ||
| 2017 | 9 | 8 | 13 | 52 | 55 | −3 | 11位 | 優勝 | ||
| 2018 | 10 | 8 | 12 | 44 | 53 | −9 | 7位 | 4回戦敗退 | ||
| 2019 | 8 | 6 | 16 | 43 | 57 | −14 | 13位 | 優勝 | ||
| 2020 | ||||||||||
| 2021 | ||||||||||
| 2022 | ||||||||||
| 2023 | ||||||||||
| 2024 | ||||||||||
| 2025 | ||||||||||
2020シーズンは新型コロナウイルス感染拡大の影響により、8チームずつ2つのグループに分かれて予選を行い、各グループ上位4チーム計8チームが優勝を争う決勝トーナメントに、下位4チーム計8チームが降格を争う残留プレーオフに進む形で開催された。
現所属メンバー
スカッド(国内リーグ戦・カップ戦)
- 2025年7月22日現在
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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※星印は、所属協会をまだ変更していない、あるいは変更できないが、すでに中華人民共和国国籍を取得している選手を示している。国内リーグ・カップ戦では外国人枠としてはカウントされない。
国内リーグ戦・カップ戦に未登録の選手
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
ローン移籍選手
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
歴代監督
徐根宝 1994–1996(1度目)
ヨルダン・ストイコフ 1997
アンドジェイ・ストレイラウ 1997–1998
ムリシ・ラマーリョ 1998
セバスティアン・ラザロニ 1999
リュプコ・ペトロヴィッチ 2000
イリヤ・ペトコヴィッチ 2001
徐根宝 2002(2度目)
呉金貴 2002–2003(1度目)
毛毅軍 2004(代行)
ハワード・ウィルキンソン 2004
賈秀全 2004(代行)
ヴァレリー・ニポムニシ 2004–2005
呉金貴 2006(2度目)
オスバルド・ヒメネス 2007
呉金貴 2007–2008(3度目)
賈秀全 2008–2009
ミロスラヴ・ブラジェヴィッチ 2010
奚志康 2011
ドラジェン・ベセク 2011
ジャン・ティガナ 2012
ジャン=フロラン・イベンゲ 2012(代行)
セルヒオ・バティスタ 2012–2013(1度目)
沈祥福 2013–2014
セルヒオ・バティスタ 2014(2度目)
フランシス・ジロ 2014–2015
グレゴリオ・マンサーノ 2016
グスタボ・ポジェ 2016–2017
呉金貴 2017–2018(4度目)
キケ・サンチェス・フローレス 2019
崔康熙 2019–2021
毛毅軍 2021–2022(代行)
呉金貴 2022–2023(5度目)
レオニード・スルツキー 2024–2026
毛毅軍 2026(代行)
ヴラダン・ミロイェヴィッチ 2026–
歴代所属選手
GK
DF
MF
申思 1994-2001
ネスコ・ミロヴァノヴィッチ 2002
ヨルク・アルバーツ 2003-2004
馮仁亮 2010-2013
呉曦 2010-2012
ジョヴァンニ・モレノ 2012-
ティム・ケーヒル 2015-2016
鄧卓翔 2015-
モハメド・シソッコ 2015-
フレディ・グアリン 2016-
FW
サウル・マルティネス 2002-2005
ルベン・ソサ 2002
デヤン・ペトコヴィッチ 2003
毛剣卿 2004-2009, 2017-
郜林 2005-2009
カルステン・ヤンカー 2006
ディエゴ・アロンソ 2007
ハミルトン・リカルド 2007-2008
エルナン・バルコス 2009
董学升 2009-2011
アンドレス・オペル 2009
ニコラ・アネルカ 2012-2013
ディディエ・ドログバ 2012
ジョエル・グリフィス 2012
ダディ 2013
パウロ・エンリケ 2014-
ルーカス・ビアトリ 2014-2015
デンバ・バ 2015-2019
オバフェミ・マルティンス 2016-
カルロス・テベス 2017-2018
ロンサナ・ドゥンブヤ 2021
ダービーマッチ
同じ上海に本拠地を置く上海海港足球倶楽部との対戦は上海ダービーとなる。
エンブレム
エンブレムの基調になる赤・青・白はスポンサー申花グループのコーポレートカラーが元になっている。2002年に複数の企業からスポンサーを受けるようになると。左上にチーターの図案を配し、ロゴマークの「S」に各社の頭文字を含めるため重ねた文字が使われるようになった。2007年にエンブレムが一新され、走る姿のチーターは顔だけが描かれるようになった。ロゴマーク「S」の重ねもなくなったが、その代わりチーターの顔の中にデフォルメされた「S」2文字がデザインされた。チームロゴSFCの上にあるカーブは上海市の花である木蓮の花弁をイメージする[4]。