上谷本町
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歴史
沿革
- 1868年(慶応4年)6月17日 - 廃藩置県により神奈川府を設置。神奈川府都筑郡上谷本村となる。
- 1868年(明治元年)9月1日 - 神奈川府が神奈川県となり、神奈川県都筑郡上谷本村となる。
- 1889年(明治22年) - 都筑郡市ケ尾村、鴨志田村、下谷本村、成合村、寺家村、鉄村、黒須田村、大場村、西八朔村、北八朔村、小山村、青砥村および下麻生村の一部と合併し、都筑郡中里村大字上谷本となる。
- 1939年(昭和14年)4月1日 - 横浜市に編入し、新市域の一部より港北区となる。また、大字が町となり、横浜市港北区上谷本町となる[6]。
- 1966年(昭和41年)11月6日 - 土地区画整理事業(下谷本西八朔)[7]に伴い、一部を新設された藤が丘一丁目に編入し、下谷本町の一部を編入する[8]。
- 1967年(昭和42年)5月5日 - 土地区画整理事業(恩田第二)[7]に伴い、恩田町、成合町の一部を編入する[8]。
- 1969年(昭和44年)10月1日 - 港北区から緑区が分区。横浜市緑区上谷本町となる[9]。
- 1971年(昭和46年)1月15日 - 土地区画整理事業(上谷本第一)[7]に伴い、一部を藤が丘一丁目、藤が丘二丁目、新設されたもえぎ野に編入する[10]。
- 1971年(昭和46年)1月26日 - 土地区画整理事業(成合)に伴い[7]、一部を新設されたたちばな台二丁目に編入する[10]。
- 1973年(昭和48年)9月29日 - 土地改良事業に伴い、一部を下谷本町、市ケ尾町に編入する[11]。
- 1974年(昭和49年)9月26日 - 土地区画整理事業(上谷本第二)[7]に伴い、一部を藤が丘一丁目、もえぎ野、新設された柿の木台に編入する[12]。
- 1975年(昭和50年)9月28日 - 土地区画整理事業(上谷本第三)[7]に伴い、一部をたちばな台一丁目、新設されたみたけ台に編入する[13]。
- 1983年(昭和58年)11月19日 - 土地改良事業に伴い、一部をたちばな台一丁目に編入し、市ケ尾町、鉄町との境界を変更する[14]。
- 1994年(平成6年)11月6日 - 港北区と緑区を再編し、青葉区と都筑区を新設。横浜市青葉区上谷本町となる[15]。
町名の変遷
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前(各町名ともその一部) |
|---|---|---|
| 上谷本町 | 昭和14年4月1日 | 大字上谷本 |
世帯数と人口
2025年(令和7年)6月30日現在(横浜市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 上谷本町 | 56世帯 | 113人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[16] | 60 |
| 2000年(平成12年)[17] | 96 |
| 2005年(平成17年)[18] | 96 |
| 2010年(平成22年)[19] | 116 |
| 2015年(平成27年)[20] | 109 |
| 2020年(令和2年)[21] | 95 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[16] | 32 |
| 2000年(平成12年)[17] | 35 |
| 2005年(平成17年)[18] | 47 |
| 2010年(平成22年)[19] | 49 |
| 2015年(平成27年)[20] | 54 |
| 2020年(令和2年)[21] | 54 |
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2024年11月時点)[22]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 13番地 69〜96番地 | 横浜市立もえぎ野小学校 | 横浜市立もえぎ野中学校 |
| 97〜114番地 713〜731番地 | 横浜市立みたけ台小学校 | 横浜市立みたけ台中学校 |
事業所
施設
- 三陽幼稚園
