上連雀
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河川

(2025年9月)

(2025年6月)
三鷹市北部に位置する。東から時計回りに、三鷹市下連雀、三鷹市野崎、三鷹市井口、武蔵野市境南町、武蔵野市境、武蔵野市関前、武蔵野市西久保、武蔵野市中町、武蔵野市御殿山と接する。
北端を玉川上水、南端を東京都道110号府中三鷹線(人見街道)が通っており街区境界となる。北部を貫く中央本線の北側に一丁目、南側に二丁目から九丁目までが配置された構成となる。
- 水源の森あけぼのふれあい公園。仙川水面付近まで降りられる。
(2023年8月)
地価
住宅地の地価は、2025年(令和7年)1月1日の公示地価によれば、上連雀一丁目11-3の地点で67万6000円/m2となっている[6]。
歴史
1657年(明暦3年)1月の明暦の大火による神田連雀町(2025年現在の千代田区神田須田町・神田淡路町付近)の被災者の替え地として、1658年(万治元年)に神田連雀新田(2025年現在の下連雀)が開発された。この神田連雀新田を拡大して開発されたのが2025年現在の上連雀地区である。
開発当初は連雀前新田と称されたが、享保の頃、新田開発の進捗とともに連雀新田が連雀村と改称され、京都(朝廷)に近い方を「上」と称し、江戸方に近い方を「下」と称す慣習により下連雀村に対して上連雀村となった。連雀の名の由来としては、「連雀」とは小板を使った背負い梯子のことで江戸神田の連雀の職人仲間が住んでいた町を連雀町と呼んでいた、とする説がある。
1941年(昭和16年)には住宅営団により住宅開発が行われ、10月には営団初の分譲が行われた。当時はケヤキやクヌギの森に囲まれた古き良き武蔵野の雰囲気が残される一方、吉祥寺と調布を結ぶバスが利用できるなど交通の便も良く、人気を集めた[7]。
世帯数と人口
小・中学校の学区
交通
鉄道

(2024年1月)

(2025年9月)

(2025年9月)
| 隣接する街区の駅 | バス利用で利用可能駅 |
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隣接する下連雀の三鷹駅への利用が大きい。三鷹車両センターが存在し中央線の輸送拠点となっている。また、路線バスで京王線調布駅方面へのバスが充実しており、潜在的な選択肢が豊富なのが特色である。
バス
…が周辺の路線を運行している。
道路
- 東京都道12号調布田無線(武蔵境通り)
- 東京都道110号府中三鷹線(人見街道)
- 東京都道121号武蔵野調布線(三鷹通り)
- 東京都道134号恋ヶ窪新田三鷹線(連雀通り)
