丸興
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不動産業から月賦販売へ
1947年(昭和22年)11月15日にシベリアから復員した佐藤治郎が多田公人と共に[9]、亀戸駅前で「建工社」として不動産業を創業して約18m2の庶民向けの住宅販売を手掛けたのが始まりである[10]。
その後、娯楽を欲するようになったものの、お金の無い人々を相手にラジオの月賦で売る形で、月賦販売事業に参入した[10]。 そして、1949年(昭和24年)衣料品の配給切符の廃止を受けて衣料品の販売事業に参入するため[11]、ラジオ店と隣接する形で半年間家具の月賦販売店を行っていた徳生忠常と[10]1950年(昭和25年)9月11日に[1][2]「建工社」が50万円を出資して資本金100万円で「株式会社丸興」を設立し[12]、家具と衣料品を扱う月賦店を開業した[9]。
多店化して月賦百貨店初の上場へ
1951年(昭和26年)6月に[4]千葉支店を初の支店として開設したのを皮切りに[13]、京葉工業地帯の発展に合わせる形で、墨東地区から千葉県内を地盤として出店を進めた[14]。
佐藤の甥から当社の株式の約7分の1を取得した[12]オリエンタル証券から上場を進められ[15]、1961年(昭和36年)8月1日に株式を店頭公開し[3][4]、月賦百貨店業界初の上場企業となった[7]。
1969年(昭和44年)9月に「モバラ丸興」と業務提携して傘下に入れ、同年11月に「正金百貨店」と業務提携して傘下に入れた[16]。
1970年(昭和45年)7月に東証一部に指定替えとなった[17]。
月賦百貨店の伸び悩みと提携による再建
百貨店が割賦販売を採用し、大手スーパーがクレジットへ進出したことなどの影響で、1970年(昭和45年)頃には洗濯機などの家電製品の販売における月賦百貨店の優位性が薄れたことから、当社も現金販売の比率を高めて大型小売店舗への脱却を図ることとした[18]。 その1号店として[18]1970年(昭和45年)3月21日に大阪市に大阪十三店を開店した[19]。
1970年(昭和45年)12月に高島屋と業務提携をした[20]。
1971年(昭和46年)6月に本店内に「丸興旅行センター」を開設して海外旅行の月賦販売を開始した[21]。
1972年(昭和47年)にクラレ不動産と資本・業務提携を行い、同社から役員の派遣を受けて再建を目指した[22]。
1974年(昭和49年)8月に小型店の家電量販店への業態転換を開始し[23]、デンキランドの店名で出店を開始した[24]。
しかし、クラレ不動産との提携による経営再建が上手くいかなかったことから[22]、1977年(昭和52年)3月8日にジャスコと資本・業務提携を行い[25]、創業社長の佐藤治郎と当時の筆頭株主だったクラレ不動産から310万株をジャスコが取得して新たな筆頭株主となった[25]。
同年10月に提携したジャスコ系の扇屋ジャスコ松戸ホームセンターの店舗跡に出店した[26]。
1978年(昭和53年)に[24]眼鏡専門店の[27]「アイクリス」1号店を出店を開始した[24]。
ダイエーの傘下に入り、ダイエーファイナンスへ
1983年(昭和58年)2月にダイエー系の「朝日クレジット」と資本・業務提携を行って再建を目指した[28]。
1984年(昭和59年)7月1日にダイエー系の「朝日クレジット」と合併した[29]。
1986年(昭和61年)3月に「株式会社彩季」を設立して眼鏡専門店「めがねギャラリー」を分離し、同年9月に呉服専門店「きのはな」を分離独立させた[30]。
1987年(昭和62年)9月1日に商号を「ダイエーファイナンス」に変更すると共に本社を品川区に移転し[31]、「丸興」としての歴史に終止符を打った。
過去に存在した店舗
東京都
亀戸
- 亀戸家具店 → 亀戸店インテリアプラザ(江東区亀戸1-40-2[35][2][5]、1959年(昭和34年)3月開店[4])
- 本社が置かれていた[1]。
- デンキランド亀戸店(江東区亀戸1-40-2[36]、1980年(昭和55年)3月開店[37])
- 店舗面積約1,818m2[37]。
小岩
新小岩
金町
立石・葛西
京島
山手
千葉県
千葉市
習志野市
船橋市
市川市・浦安市
松戸市
- きのはな松戸店(松戸市字向山1147-2[76])
市原市
木更津市
- きのはな木更津店(木更津市木更津3-1-2[76])
その他の千葉県
神奈川県
- アイクリス大和店[45] → めがねギャラリー大和店(大和市下和田上ノ原1216-1 ジャスコシティ大和ショッピングセンター内[81]、1979年(昭和54年)10月12日開店[81])
- 店舗面積69m2[39]。
- めがねギャラリー日吉店[60](横浜市港北区)