ミツワ石鹸
かつての日本の化学製品メーカー
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概要
前身の会社は1975年に業績不振に陥って倒産し、事業は同社が旭電化工業、第一工業製薬と共同で設立した日本サンホームの後身であるプロクター・アンド・ギャンブル・サンホーム(P&Gサンホーム、現・P&Gジャパン)に継承された。倒産時の本社は東京都中央区東日本橋2-20-7にあった[2]。現在は本社ビルは分譲マンションに建て替えられている。
昭和30年代までは花王、ライオン油脂とならぶ最大手石鹸メーカーの一角であったが、高度経済成長期に合成洗剤が急速に普及し、他の石鹸メーカーが合成洗剤中心の商品ラインアップでの経営に切り替える中でミツワ石鹸はその波に乗り遅れ次第に経営が悪化していった。また、「ワ、ワ、ワが三つ ミツワせっけん」というコピーのテレビCMが人気を博した半面、ミツワ石鹸が「石鹸専門メーカー」だという認識が定着し、その後の商品多角化が不調に終わった原因ではないかと当時社長を務めていた三輪善兵衛はのちに語っている[3]。また、公害対策として東京都内にあった工場を1972年 - 1973年にかけて静岡県富士市に移転しようとしたが、従業員の配置転換の関係で埼玉県川口市にも工場を開設せざるを得ず経費がかさんだことも経営悪化の一因であるほか、その直後に1973年の第一次オイルショックにより原料高・商品安の事態に陥ったうえ、消費を自粛する動きが広まったことで主力製品の贈答用石鹸の売上が30 - 40%落ち込んだことが倒産の決定打となった[4]。経営悪化以降、ユニリーバとの提携や日本化薬からの人材導入を図り危機打開を図ろうとしたが不調に終わった[5]。なお、ミツワ石鹸の倒産までユニリーバの日本法人である日本リーバ(現・ユニリーバ・ジャパン)は化粧石鹸「ラックス」など日本市場向け製品をミツワの工場で生産していた(倒産後に別企業に再委託)[6]。
1975年3月24日に東京地方裁判所に会社整理(旧商法に基づくもの)を申し立て事実上の倒産となった。同年7月3日に整理開始の決定を受け会社整理を開始し、3か月かけ労働組合と交渉を行った結果、300人いた従業員のうち200人が退職、同年11月1日に60人がプロクター・アンド・ギャンブル・サンホーム(P&Gサンホーム)社に移籍となったほか、富士市の工場とミツワ石鹼の知的財産である商品ブランド20種を26億円で売却したほか、川口市の工場は米国のウィンスロップ・ラボラトリーズ社に売却した。その後、ミツワ石鹸時代の知的財産を生かし商品の企画・開発・販売を行い、生産を外部に委託する「本舗」形式で経営の再建を図ろうとし[7]、1976年に商号を「ミツワ本舗」へ変更したが、1995年段階ですでに事業は行われていなかった模様[3]で、すでに法人格は消滅しているとみられる。
2007年に玉の肌石鹸が「ミツワ石鹸」の商標権を取得、2008年4月1日に、同社が全額を出資し、子会社として「ミツワ石鹸株式会社」を設立したが、2014年12月31日をもって事業の一部を玉の肌石鹸に譲渡して業務を終了した。
歴史
- 1860年(万延元年)三輪善兵衛(みわ ぜんべえ)により江戸・日本橋(現在の東京都中央区日本橋)にて丸見屋が創業される[8]。当初は化粧品の製造販売が中心だった。
- 1910年(明治43年)ミツワ石鹸の発売を開始。これ以後、石鹸を中心に家庭用洗剤・医薬品(大衆薬)・医薬部外品を中核にする。
- 1911年(明治44年)日本初の肝油ドロップを発売[9]。
- 1953年(昭和28年)日本初の薬用石鹸「ミューズ」発売。
- 1954年(昭和29年)テレビCMを放送開始。バトンガールと呼ばれる3体の人形を使用し、三木鶏郎作曲の、覚えやすい特徴的な歌に合わせ、踊っているうちにミツワ石鹸の商標を表すものだった[10]。
- 1964年(昭和39年)商号をミツワ石鹸株式会社に変更。
- 1969年(昭和44年)旭電化工業、第一工業製薬と合弁で家庭用石鹸・洗剤部門を統合した日本サンホームを設立。
- 1972年(昭和47年)米国プロクター・アンド・ギャンブル社(P&G)との資本・業務提携に反対したことから日本サンホームを離脱。上記2社との合弁・提携を解消するも、日本サンホーム向け製品は引き続き子会社のミツワ化成が生産した[11]。
- 1975年(昭和50年)
- 1976年(昭和51年)
- 2007年(平成19年) 玉の肌石鹸(墨田区)が「ミツワ石鹸」の商標権をP&Gから取得。
- 2008年(平成20年)4月1日 同社が全額を出資し、子会社のミツワ石鹸株式会社を設立・業務開始し、33年ぶりに「ミツワ石鹸」が復活した[17]。
- 2014年(平成26年)12月31日 玉の肌石鹸に事業の一部を譲渡して廃業。