久宝寺駅
日本の鉄道駅
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概要
八尾市の西部に位置し、かつては大阪府南部の貨物列車の拠点となっていた竜華操車場(のちに竜華信号場に変更、現在は廃止)があり、広い構内であったが、竜華操車場の廃止後、1997年に跡地の再開発(大阪竜華都市拠点土地区画整理事業)が開始され、2006年に竣工した。周辺は大きく様変わりしている。
乗り入れ路線
当駅の所属線である関西本線[2]と、当駅を終点とするおおさか東線の2路線が乗り入れている。アーバンネットワーク内にあり、関西本線は「大和路線」の路線愛称設定区間に含まれている。おおさか東線はかつての片町線支線(通称「城東貨物線」)を旅客化した路線である。駅番号は関西本線(大和路線)がJR-Q24。おおさか東線がJR-F15。
なお、隣の駅には特定都区市内制度における「大阪市内」に属する駅(加美駅と新加美駅)があるが、「大阪市内」発着の乗車券で乗車している場合は、大阪市外にある当駅で途中下車しないことを条件に、関西本線・天王寺駅方面とおおさか東線方面への乗り換えが認められている[3]。
歴史
- 1910年(明治43年)12月1日:鉄道院関西本線の駅(旅客駅)として八尾駅 - 加美駅間に新設開業。開設時は蒸気動車専用であった[4]。また非電化時代は、停車するのは湊町・天王寺 - 柏原間の区間運転の列車が主で、それ以外の列車は大多数が通過していた。
- 1973年(昭和48年)10月1日:当駅を含む奈良駅 - 湊町駅間が直流電化され、当駅停車の列車も電車化。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、JR西日本の駅となる[5]。
- 1988年(昭和63年)3月13日:路線愛称の制定により、「大和路線」の愛称を使用開始。
- 1992年(平成4年)11月1日:みどりの窓口営業開始。
- 1997年(平成9年)
- 1998年(平成10年)3月14日:奈良方面行きの待避線が完成する[9]。
- 2001年(平成13年)3月3日:大和路快速の停車駅になる[10]。
- 2003年(平成15年)11月1日:ICカード「ICOCA」の利用が可能となる[11]。
- 2008年(平成20年)3月15日:おおさか東線の当駅 - 放出駅間が部分開業し、乗換駅になる[12]。これによるダイヤ改正に伴い、新設された直通快速の停車駅となる。
- 2009年(平成21年)10月4日:大阪環状・大和路線運行管理システム導入。
- 2015年(平成27年)
- 8月7日:キヨスクがリニューアル工事のため、一時閉店[13]。
- 12月13日:セブンイレブン キヨスクが開業。
- 2018年(平成30年)3月17日:駅ナンバリングが導入され、使用を開始。
- 2024年(令和6年)3月16日:ダイヤ改正に伴い、新設された通勤特急「らくラクやまと」の停車駅となる(列車は3月18日から運行)[14]。
- 2025年(令和7年)
- 11月30日:みどりの窓口の営業を終了[15]。
- 12月1日:みどりの券売機プラスを導入[15]。
- 駅構内(1946年)
- 竜華操車場(機関区、1984年)
駅構造
島式ホーム2面4線を持つ[1]地上駅で、橋上駅舎を有する。有効長は8両編成分である。
王寺駅が管理している直営駅で、ICカード乗車券「ICOCA」の利用エリアに含まれている。
のりば
※上表の路線名は旅客案内上の名称(愛称)で表記している。
- 付記事項
- 1番のりばが上り本線、2番のりばが上り副本線、3番のりばが下り副本線、4番のりばが下り本線である。
- 基本的に1・4番のりばを大和路線の列車が、2・3番のりばをおおさか東線の列車が使用する(配線上、おおさか東線の列車は1・4番のりばに入線できない)。ただし、大和路線では快速電車と普通電車の緩急接続が終日行われており、この場合快速電車は待避線の2・3番のりばを使用する。また、平日の朝ラッシュにおいては、普通が3番のりばに発着して快速が4番のりばを使用する場合がある。
- 当駅の八尾方に引き上げ線が1本設置されており、2番のりばに到着したおおさか東線の当駅止まりの列車はこの引き上げ線を使用して3番のりばへ折り返す。
- 改札口(2021年12月)
- ホーム(2013年3月)
配線図
| ↑ おおさか東線 放出方面 | ||
| ← 関西本線 JR難波方面 |
→ 関西本線 加茂方面 |
|
| 凡例 出典:[17] |
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利用状況
2024年(令和5年)度の一日平均乗車人員は17,034人である。
平成中期までは八尾市内のJR駅で最も利用者が少なかったが、快速停車駅となって以降利用者が増加傾向となり、2006年に志紀駅を、2010年に八尾駅を上回った。
各年度の1日の平均乗車人員は以下の通りである。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
うち定期 | 定期率 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| 1988年(昭和63年) | 5,574 | 3,846 | 69.0% | [大阪府 1] |
| 1989年(平成元年) | 5,592 | 3,821 | 68.3% | [大阪府 1] |
| 1990年(平成2年) | 5,685 | 3,848 | 67.7% | [大阪府 2] |
| 1991年(平成3年) | 5,709 | 3,835 | 67.2% | [大阪府 3] |
| 1992年(平成4年) | 5,802 | 3,909 | 67.4% | [大阪府 4] |
| 1993年(平成5年) | 5,619 | 3,767 | 67.0% | [大阪府 5] |
| 1994年(平成6年) | 5,422 | 3,584 | 66.1% | [大阪府 6] |
| 1995年(平成7年) | 5,406 | 3,564 | 65.9% | [大阪府 7] |
| 1996年(平成8年) | 5,469 | 3,600 | 65.8% | [大阪府 8] |
| 1997年(平成9年) | 6,520 | 4,328 | 66.4% | [大阪府 9] |
| 1998年(平成10年) | 7,298 | 4,925 | 67.5% | [大阪府 10] |
| 1999年(平成11年) | 7,700 | 5,261 | 68.3% | [大阪府 11] |
| 2000年(平成12年) | 8,152 | 5,558 | 68.2% | [大阪府 12] |
| 2001年(平成13年) | 8,748 | 5,964 | 68.2% | [大阪府 13] |
| 2002年(平成14年) | 8,960 | 6,159 | 68.7% | [大阪府 14] |
| 2003年(平成15年) | 9,215 | 6,318 | 68.6% | [大阪府 15] |
| 2004年(平成16年) | 9,898 | 6,761 | 68.3% | [大阪府 16] |
| 2005年(平成17年) | 10,632 | 7,206 | 67.8% | [大阪府 17] |
| 2006年(平成18年) | 10,926 | 7,599 | 69.5% | [大阪府 18] |
| 2007年(平成19年) | 11,285 | 7,929 | 70.3% | [大阪府 19] |
| 2008年(平成20年) | 12,455 | 8,734 | 70.1% | [大阪府 20] |
| 2009年(平成21年) | 12,847 | 9,187 | 71.5% | [大阪府 21] |
| 2010年(平成22年) | 13,727 | 9,799 | 71.4% | [大阪府 22] |
| 2011年(平成23年) | 14,654 | 10,332 | 70.5% | [大阪府 23] |
| 2012年(平成24年) | 15,365 | 10,682 | 69.5% | [大阪府 24] |
| 2013年(平成25年) | 15,974 | 11,100 | 69.5% | [大阪府 25] |
| 2014年(平成26年) | 16,087 | 11,318 | 70.4% | [大阪府 26] |
| 2015年(平成27年) | 16,311 | 11,454 | 70.2% | [大阪府 27] |
| 2016年(平成28年) | 16,938 | 12,026 | 71.0% | [大阪府 28] |
| 2017年(平成29年) | 17,350 | 12,394 | 71.4% | [大阪府 29] |
| 2018年(平成30年) | 17,732 | 12,700 | 71.6% | [大阪府 30] |
| 2019年(令和元年) | 18,112 | 13,041 | 72.0% | [大阪府 31] |
| 2020年(令和2年) | 14,747 | 11,234 | 76.2% | [大阪府 32] |
| 2021年(令和3年) | 15,046 | 11,230 | 74.6% | [大阪府 33] |
| 2022年(令和4年) | 16,383 | 11,964 | 73.0% | [大阪府 34] |
| 2023年(令和5年) | 16,947 | 12,322 | 72.7% | [大阪府 35] |
| 2024年(令和6年) | 17,034 | 12,344 | 72.5% | [大阪府 36] |

