亀田早通
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隣接する町字
歴史
1889年(明治22年)以前の早通村は、1877年(明治10年)に上早通村、下早通村が合併して成立した[4]。
- 上早通村(かみはやどおりむら)
- 江戸時代から1877年(明治10年)の村名[5]。開発年代は1573年(天正元年)から1575年(天正3年)とされるが、1636年(寛永13年)の割野村百姓仁左衛門による開発が有力とされる[5]。
- 下早通村(しもはやどおりむら)
- 江戸時代から1877年(明治10年)の村名[6]。開発年代は1636年(寛永13年)から1679年(延宝7年)の間とされる[6]。
- 1716年(享保元年)から1847年(弘化4年)の間、旗本小浜氏知行だった地は「下早通下組(しもはやどおりしもぐみ)」と呼ばれ、本村と区別された一村扱いとされることもあった[6]。
分立した町字
1889年(明治22年)以後に、以下の町字が分立。
- 亀田工業団地(かめだこうぎょうだんち)
- 1994年(平成6年)5月1日に分立した町字[7]。
- 東早通(ひがしはやどおり)
- 2002年(平成14年)4月30日に分立した町字[8]。
- 早通(はやどおり)
- 2002年(平成14年)4月30日に分立した町字[8]。
- 下早通柳田(しもはやどおりやなぎだ)
- 2007年(平成19年)10月1日に分立した町字[9]。