上大川前通
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地理
歴史
承応3年(1654年)に新潟町がこの地に移転した際に整備された通りで、移転前の大川端通にあたる。江戸時代の通りは住人の商いによって区分されていた。例えば、川から揚がった材木を取引することが許された材木町は上一ノ町から下一ノ町(現在の1番町から3番町)といった具合である[7]。移転後すぐに店が立ち並び、表店(おもてだな)と呼ばれていた一本西の本町通に対し、遅れて整備が進んだ大川前通は他門(たもん)と呼ばれた[8]。
新潟町は信濃川の土砂堆積による川岸の移動によって移転した経緯があったが、移転後も変わらず土砂流入は続いていた。江戸時代中期になると町の東に大きな島(秣島、榛島、上島、下島等)が次々に出来た。島と町のには僅かな流路が残り、堀と川を結ぶ水路して使われた。この水路は大川前通が他門と呼ばれていたことから他門川と名付けられた[6]。やがて島に出来た町は市街地と一体化していき、大川前通は上大川前通、島の東端は下大川前通と呼ばれるようになった。通りの町名は統一されていなかったが、明治5年(1872年)10月に上手から通し番号がふられた[9]。
かつては7番町から8番町にかけて新潟証券取引所、新潟中央銀行本店等が立地し、商工会議所や都市銀行の支店が立ち並ぶ新潟経済の中心地であった。
年表
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[11]。
| 町丁 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 上大川前通1番町 | 全域 | 新潟市立白山小学校 | 新潟市立白新中学校 |
| 上大川前通2番町 | 全域 | ||
| 上大川前通3番町 | 全域 | ||
| 上大川前通4番町 | 全域 | ||
| 上大川前通5番町 | 全域 | ||
| 上大川前通6番町 | 全域 | 新潟市立新潟小学校 | 新潟市立寄居中学校 |
| 上大川前通7番町 | 全域 | ||
| 上大川前通8番町 | 全域 | ||
| 上大川前通9番町 | 全域 | ||
| 上大川前通10番町 | 全域 | 新潟市立日和山小学校 | 新潟市立新潟柳都中学校 |
| 上大川前通11番町 | 全域 | ||
| 上大川前通12番町 | 全域 |