事物の本性について
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内容
概観


全6巻7400行からなる[6]。各巻の冒頭に序詩がある[7][8]。話題の転換が激しいため、通読しにくい部分もある[9]。
全体のトーンは、自然現象を神々の介入なしに説明する科学精神に貫かれている[6]。しかし無神論というわけではなく[10]、叙事詩の伝統にのっとり神々の描写も含んでいる[11][12][13]。
各巻
第1巻
はじめに、ルクレティウスは女神ウェヌス(ヴィーナス)に対し、作詩の加護と世界平和を祈る[16][7]。
続いてエピクロス讃美などの序詩部分を経て、本論に移る[7]。無からは何も生じない、真に存在するものは原子と空虚だけである、時間は独立に存在しない、ヘラクレイトス・エンペドクレス・アナクサゴラスの批評、宇宙に中心は無く無限に広がっている、などの思想を語る[7][17]。
第2巻
原子の運動・形状・性質について語る[7]。原子の逸れ(クリナメン)によって決定論を否定する[6][18][19]。原子を陽光のなかで舞う埃にたとえて説明する[5]。
第3巻
死生観を語る。霊魂は物質的なものである(唯物論)。身体が死ねば霊魂も死ぬ(霊魂不滅の否定)。冥界や死後の罰は迷信であり、死を恐怖する必要はない[7]。
死とは生誕前の状態に帰ることである。生誕前に苦を感じないのと同様、死後に苦を感じることはない。ゆえに死は悪ではない(死の無害説)[20]。
第4巻
五感・生理現象・心理・性愛について語る[6][7]。物体から放出される原子の薄い膜(シムラークラ)によって視覚を説明する[21](内送理論)。性愛は視覚や体内の種子によって生じる生理現象である[22]。性的快楽は享受してもよいが、恋愛は苦しみに繋がるので避けるべきである(静的な快楽主義だが、フリーセックス的な淫猥な快楽主義とも解釈できる)[22]。
第5巻
自然世界・天体・生物・人類史について語る[6][7]。世界は原子の混沌から偶然生成された[23]。天体や自然現象の背後に神はいない[24]。人類の技術は人類が発明した(プロメテウス神話の否定)[25]。原初の人類は野獣のようだったが、家族の形成を端緒として倫理や文明が生まれた[26]。文明の発展は戦争や欲望肥大化に繋がるため必ずしも良いことではない[27]。
第6巻
自然災害・気象・地質・磁石について語る[6][7]。疫病の原因は目に見えない小さな物質である[28]。最後はアテナイを襲った疫病の凄惨な描写(トゥキュディデス『歴史』第2巻を踏まえている[29])で終わる[30][31]。
背景
ルクレティウスの人物像
ルクレティウスの伝記資料は乏しいが、少なくともギリシア哲学に通じたローマ市民[32](ルクレティウス氏族)であり[33]、当時の動乱を嫌悪し隠遁を理想とした、貴族の末裔と推測される[6]。
ルクレティウスはエピクロス哲学を広める使命感をもって作詩したが[34]、第6巻が唐突に終わることなどから、完成前に没したと推測される[35][36]。
『事物の本性について』は「メンミウス」という人物に宛てられており、カトゥッルスの庇護者でもあった貴族メンミウスと推測される[32][37]。
ローマ哲学
ルクレティウスが活動した共和政ローマ末期は、エピクロス派の哲学が流行していた[38]。
ルクレティウス以外にもピロデモスやシロンがエピクロス哲学を広めており、詩人のホラティウスやウェルギリウス、カエサル暗殺者のカッシウスらがエピクロス派を信奉していた[39]。当時の遺跡パピルス荘からは、『事物の本性について』含むエピクロス派のパピルス写本が出土しており、エピクロス派の流行がうかがえる[40][41]。
ルクレティウスは、ラテン語がギリシア語に比べ哲学語彙が乏しいことを度々嘆いている[42]。同時代の哲学者キケロも同様の苦悩に直面していた[43]。キケロが翻訳のため造語を多く作ったのに対し、ルクレティウスは既存の語彙で翻訳する傾向がある[43]。例えば、ルクレティウスは「原子」をギリシア語の「アトモン」(古希: ἄτομον、不可分なもの)の音訳・直訳ではなく、「根源」(羅: primordia)などのラテン語で訳している[44][45]。
教訓叙事詩の伝統
『事物の本性について』は、ギリシア・ラテン文学のジャンル「教訓叙事詩」に位置付けられる[46]。教訓叙事詩とは、叙事詩の韻律であるヘクサメトロスによって様々な知識を語る詩である[46]。教訓叙事詩の伝統は、ヘシオドスやエンペドクレス、パルメニデスらにさかのぼる[46]。
『事物の本性について』という題名は、教訓叙事詩に多い題名『ピュシスについて』をラテン語に訳したものと推定される[47]。エピクロスの著作にも『ピュシスについて』がある[47](断片のみ現存)[48]。『事物の本性について』はアラトスの教訓叙事詩『星辰譜』の影響も受けている[49]。
ラテン文学では、詩人エンニウス(ルクレティウスも先輩として讃えている)がギリシアからヘクサメトロスを輸入した後[50]、ルクレティウスが教訓叙事詩を輸入し、後述のウェルギリウス『農耕詩』に継承された[46]。
受容
古代
ルクレティウスへの最古の言及は、同時代のキケロに見られる[51]。キケロは前54年『弟クイントゥス宛書簡』で、「ルクレティウスの詩はお前(クイントゥス)のいう通り、才能の輝きに溢れ、技巧の粋を尽くしている」と賞賛している[51][52][53]。
ウェルギリウス『農耕詩』『牧歌』は、ルクレティウスの名に言及しないながらも[35]、ルクレティウスを意識した記述や、詩句の借用が見られる[54][46][55][56]。「ウェルギリウスがルクレティウスの影響を受けている」という説は古くはゲッリウス『アッティカの夜』に見える[57]。ゲッリウスはルクレティウスを「才知と言葉遣いで卓越した詩人」と賞賛している[40]。
クインティリアヌスは『弁論家の教育』で「ローマ第一の作家はウェルギリウス、次いでマケルとルクレティウス」と述べている[58]。オウィディウスもルクレティウスを偉大な詩人と称している[59]。セネカは『倫理書簡集』でルクレティウスをしばしば引用している[60]。文法学者プロブスはルクレティウスの詩の校訂を行なったとされる[58]。
初期キリスト教では、エピクロス哲学は批判の対象になりながらも、テルトゥリアヌスにルクレティウスの引用が見られる[61]。キリスト教国教化後もプリスキアヌスの文法書の例文に使われていることから、ラテン語の名文とみなされ散佚を免れたと推測される[62]。
中世
『事物の本性について』は、古代にパピルス写本として流通した後、おそらく4世紀ごろガリア(フランス)で羊皮紙の冊子写本が作られた[63]。その後、9世紀カール大帝の宮廷などでも写本が作られたが(ライデン大学図書館現蔵)、中世ヨーロッパで広く読まれることは無かった[39][64]。
わずかにセビリャのイシドルス、ラバヌス・マウルス、コンシュのギヨームの著作に受容が見られる[65]。
再発見

1415年、人文主義者のポッジョ・ブラッチョリーニは、教皇ヨハネス23世の秘書官を務めていたが、コンスタンツ公会議で教皇が退位したのを機に、稀覯書探索家(ブックハンター)として旅に出る[66]。1417年、ポッジョはドイツのフルダ修道院で、書庫に埋もれていた『事物の本性について』を発見する[67](発見地はムルバッハ修道院などとする説もある[68])。ポッジョはこれを筆写すると、友人の富豪ニッコロ・ニッコリに送った[69]。以降、多くの写本・刊本が作られ[70]、諸言語に翻訳もされた[71]。ただしポッジョが発見した写本は現存しない[72]。
ポッジョが広めた『事物の本性について』は、当初は娯楽的な読み物とされていたが、次第にキリスト教を揺るがす無神論の書として危険視されるようになった[72]。1517年には、フィレンツェで『事物の本性について』の読書を禁止する布告が出された[34]。しかしながら、ローマ教会の禁書目録には載らなかった[73]。禁書扱いを免れた理由として、教会側にもアントニオ・ポッセヴィーノらルクレティウスを評価する人物がいたことなどが挙げられる[74]。

ジョルダーノ・ブルーノは、コペルニクスの地動説とともに、ルクレティウスの原子論の影響を受けていた[77]。ピエール・ガッサンディは、ルクレティウスと『ギリシア哲学者列伝』エピクロス伝の影響のもと、原子論を体系的に再構築した[78]。ガッサンディの原子論はホッブズ、ロック、ボイル、ニュートンらに影響を与えた[79]。
英国での受容は主にガッサンディ経由で始まり、ルクレティウス自体の受容は遅れた[80]。1640~50年代頃にルーシー・ハッチンソンが最初の英語全訳を作ったが、この英訳は1996年まで刊行されなかった[81][82]。ハッチンソンはピューリタンだったこともあってか、第4巻の性愛の部分を訳していない[83]。1682年にはトマス・クリーチの英訳が刊行された[80][84]。
ルクレティウスは以上の他、モンテーニュ[85][86]、ポリツィアーノ[87]、ジローラモ・フラカストロ[88]、ルソー[89]、ヴォルテール[90]、フリードリヒ大王[90]、ニコラス・ヒル[91]、ロバート・バートン[91]、エドマンド・スペンサー[92]、ドライデン[93]、ワーズワース[94]、ミルトン[95]、バイロン[4]、ゲーテ[96]、パーシー・ビッシュ・シェリー[94]、エラズマス・ダーウィン[97]、ニーチェ[98]、ベルグソン[98]、アナトール・フランス[99]らにも受容された。ボッティチェリの絵画『プリマヴェーラ』[75]『ヴィーナスとマルス』[4]『ヴィーナスの誕生』[34]にも影響を与えた。
現代
2011年、スティーヴン・グリーンブラット『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』(原題: The Swerve)は、ポッジョによるルクレティウス再発見をとりあげ、全米図書賞・ピューリッツァー賞を受賞した[100]。
日本では、戦前に物理学者の寺田寅彦が随筆『ルクレチウスと科学』でルクレティウスを評価している[14][101][96]。
2025年、テレビアニメ『チ。―地球の運動について―』(魚豊原作)に『事物の本性について』が登場し話題になった[102]。
「愉しきかな、大海に」
愉しきかな、大海に、冬波さかまく嵐のさなか
余人の大いなる惨苦を陸地から眺めるのは。
誰か人が苦しんでいるから心嬉しいのではない
おのれの免れた災厄をつぶさに知ることが愉しいのだ。 — 小池澄夫 訳『事物の本性について』第2巻1-4行[103]
以上の一節は、エピクロス哲学を知ることの喜びを歌っており[5]、『事物の本性について』の中でも有名な一節とされる[104]。
ポンペイの海辺の家には「愉しきかな、大海に」(羅: suaue mari magno)という落書きがある[104]。16世紀のロンサールはこの一節の模倣と思われる詩を作っている[105]。17世紀のフランシス・ベーコンは『学問の進歩』『真理について』で引用し[91]、20世紀のマルセル・プルーストも『失われた時を求めて』で引用している[104]。
日本語訳
- 瀬口昌久 訳『事物の本性について』 上・下巻、岩波書店〈岩波文庫〉、2026年。ISBN 9784003360583, 9784003360590
- 塚谷肇 訳『万物の根源/世界の起源を求めて』近代文芸社、2006年。ISBN 9784773374193。
- 樋口勝彦 訳『物の本質について』岩波書店〈岩波文庫〉、1961年。ISBN 9784003360514。旧版
- 藤沢令夫; 岩田義一 訳『事物の本性について――宇宙論』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2025年。ISBN 9784480513014。
- 元版:藤沢令夫; 岩田義一 訳「事物の本性について――宇宙論」『世界古典文学全集 第21巻』筑摩書房、1965年。
- 山下太郎 訳『事物の本性について』京都大学学術出版会〈西洋古典叢書〉、2026年。ISBN 9784814006694。
参考文献
- Greenblatt, Stephen (2011), The Swerve, New York: W. W. Norton & Company, ISBN 9780393064476
- スティーヴン・グリーンブラット 著、河野純治 訳『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2025年。ISBN 9784480513328。
- 旧版: 『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』柏書房、2012年。ISBN 9784760141760。
- スティーヴン・グリーンブラット 著、河野純治 訳『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2025年。ISBN 9784480513328。
- 小池澄夫 著「事物の本性について; ルクレティウス」、廣松渉ほか 編『岩波哲学・思想事典』岩波書店、1998年、679;1704頁。ISBN 9784000800891。
- 小池澄夫 著「エピクロスと初期エピクロス学派;エピクロス学派の書物 羊皮紙綴本・パピルス・碑文」、内山勝利 編『哲学の歴史 第2巻 帝国と賢者 古代2』中央公論新社、2007年、103-106頁。ISBN 9784124035193。
- 小池澄夫; 瀬口昌久『ルクレティウス『事物の本性について』 : 愉しや、嵐の海に』岩波書店、2020年。ISBN 9784000283045。
- 瀬口昌久「解説」『事物の本性について』 下巻、岩波書店〈岩波文庫〉、2026年。ISBN 9784003360590。
- 寺田寅彦『ルクレチウスと科学』青空文庫、1929年。
- 藤沢令夫「憂愁の宇宙論詩――ルクレティウスについて――」『藤澤令夫著作集 第1巻 実在と価値』岩波書店、2000年。
- 原著: 藤沢令夫「憂愁の宇宙論詩――ルクレティウスについて――」『実在と価値 : 哲学の復権』筑摩書房、1969年。
- 山下太郎; 高橋宏幸 著「教訓文学」、高橋宏幸 編『はじめて学ぶラテン文学史』ミネルヴァ書房、2008年。ISBN 9784623052530。
- 山下太郎「解説」『事物の本性について』京都大学学術出版会〈西洋古典叢書〉、2026年。ISBN 9784814006694。
