二塚駅
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- 1899年(明治32年)4月3日:中越鉄道の高岡駅 - 戸出駅間に二塚駅(初代)として開業[1][注釈 1]。
- 1902年(明治35年)
- 1914年(大正3年)2月20日:中越鉄道の二塚簡易停車場として再開業し、旅客営業を開始[1][5][注釈 3]。なお、二塚は「ふたづか」と読む[5]。
- 1917年(大正6年)4月1日:二塚簡易停車場を二塚停留場に変更[1]。
- 1920年(大正9年)9月1日:中越鉄道の国有化により、鉄道省(国鉄)中越線に移管[6]。同時に駅に昇格して二塚駅(2代目)となり、旅客、手荷物及び附随小荷物に限り取り扱いを開始[6]。高岡駅長の管理下に属する[7]。
- 1921年(大正10年)5月20日:一般小荷物の取り扱いを開始[8]。
- 1926年(大正15年)9月1日:小口扱貨物の取り扱いを開始[9]。
- 1933年(昭和8年)7月2日:貸切扱貨物の取り扱いを開始[10]。
- 1937年(昭和12年)3月20日:高岡駅長管理を解除し、独立した駅長を配置[7]。
- 1942年(昭和17年)8月1日:中越線の高岡駅 - 城端駅間が城端線に改称されたことに伴い、当駅もその所属となる[11][12]。
- 1957年(昭和32年)2月:砺波製紙(現・中越パルプ工業)二塚工場が操業開始[13]。この頃工場への専用線が竣工[14]。
- 1969年(昭和44年)10月1日:手荷物及び小荷物の配達取り扱いを廃止[15]。
- 1970年(昭和45年)10月1日:旅客、手荷物、小荷物及び専用線発着車扱貨物の取り扱いを開始[16]。
- 1974年(昭和49年)10月1日:旅客、荷物及び専用線発着車扱貨物の取り扱いを開始[17]。
- 1984年(昭和59年)2月1日:荷物の取り扱いを廃止[18]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)および日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となる[1]。貨物は専用線発着車扱貨物を取り扱う[1]。
- 1994年(平成6年)12月3日:専用線発着コンテナ貨物及び車扱貨物を取り扱う駅となる[1]。
- 1996年(平成8年)3月16日:専用線発着車扱貨物の取り扱いを廃止[1]。
- 2015年(平成27年)
- 2017年(平成29年)4月1日:JR貨物の駅が廃止され、貨物の取り扱いが正式に終了[21]。
- 2026年(令和8年)3月14日:ICカード「ICOCA」の利用が可能となる[22]。
駅構造
貨物専用線

2017年(平成29年)4月1日までは日本貨物鉄道(JR貨物)の貨物駅でもあった。当駅における取扱貨物は、専用線発着コンテナ貨物であった[1]。
当駅から庄川に面する中越パルプ工業二塚工場までは、全長1.4キロメートルの専用線が続いており[19]、2015年(平成27年)9月30日まで同社より主に新聞用紙が運搬されていた[14][27]。2015年(平成27年)のダイヤ改正以降、当駅発着の貨物列車の列車番号は、臨時列車に割り当てられる9000番台に変更されており[28]、鉄道貨物協会『貨物時刻表』には運行時刻が掲載されなくなっていた[29]。中越パルプ工業二塚工場への専用線は、同年9月30日午前8時30分頃に同工場を出発し、当駅で貨車を切り離した後、9時30分頃に機関車が当駅から工場へ折返したのを以て貨物列車の発着を休止し、貨物取扱は高岡貨物駅に移管された[14]。なお最終列車は10両編成であった[14][27]。なお、当駅までのJR貨物の第二種鉄道事業免許も、2017年(平成29年)4月1日付で正式に廃止された[21]。
牽引機は、2004年(平成16年)以降、神岡鉄道からの譲渡車であるDB252が使用されていた。
1967年(昭和42年)7月1日現在における当駅接続の専用線は以下の通りであった[30]。
- 砺波製紙線(第三者使用:日本通運及び中越運送、動力:私有機関車、作業粁程:1.4粁)
1970年(昭和45年)10月1日現在における当駅接続の専用線は以下の通りであった[31]。
- 礪波製紙線(通運事業者:日本通運及び中越運送、動力:私有機関車、作業粁程:1.4粁、総延長粁程:2.5粁)
- 大門土石線(動力:私有機関車、作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.2粁、備考:国鉄側線)
