二股駅
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| 二股駅 | |
|---|---|
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駅舎(2017年9月) | |
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ふたまた Futamata | |
![]() | |
| 所在地 | 北海道山越郡長万部町字双葉 |
| 駅番号 | ○S32 |
| 所属事業者 | 北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 | ■函館本線 |
| キロ程 | 120.9 km(函館起点) |
| 電報略号 | フタ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面1線[1] |
| 乗降人員 -統計年度- |
2人/日 -2012年- |
| 開業年月日 | 1903年(明治36年)11月3日 |
| 廃止年月日 | 2026年(令和8年)3月14日 |
| 備考 | 無人駅[1] |
二股駅(ふたまたえき)は、北海道(渡島総合振興局)山越郡長万部町字双葉にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線の駅(廃駅)である。駅番号はS32。事務管理コードは▲140130[2]。
年表
- 1903年(明治36年)11月3日:北海道鉄道 森駅 - 熱郛駅間の開通に伴い、同線の駅として開業[3][4]。一般駅[5]。
- 1907年(明治40年)7月1日:北海道鉄道の国有化に伴い、国有鉄道に移管[3][4]。
- 1909年(明治42年)10月12日:国有鉄道線路名称制定に伴い、函館本線の駅となる[3][4]。
- 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)に継承。
- 1975年(昭和50年)2月7日:貨物取扱い廃止[5]。
- 1984年(昭和59年)2月1日:荷物取扱い廃止[5]。
- 1986年(昭和61年)11月1日:交換設備を廃止。同時に無人化[6]。
- 1987年(昭和62年)
- 2007年(平成19年)10月1日:駅ナンバリングを実施[JR北 1]。
- 2025年(令和7年)6月11日:同日付「北海道新聞」にて、JR北海道が2026年(令和8年)春以降の当駅の存続が困難であることを長万部町に伝達しており、同町が当駅の廃止を容認する方針であることが判明する[新聞 1]。
- 2026年(令和8年)3月14日:利用客僅少に伴い、同日のダイヤ改正に併せ廃止[JR北 2]。末期は長万部駅管理の無人駅であった[1]。
駅名の由来
当駅の所在地「双葉」の旧名である「二股」より[7]。当地が長万部川とチライ川(知来川、とも)の合流点であることからついたもので[7][8][9]、幕末の探検家松浦武四郎の旧図にも登場する古い名称である[7]。
なお、アイヌ語では通常このような地形を「ペタウ(pet-au)」(川・枝)、あるいは転訛して「ペタヌ」と呼ぶが、当地より上流にペタヌ川という河川があり、アイヌ語研究者の山田秀三は、現在の二股がそのように呼ばれていた名残で、その地名が移ったものではないかと推測している[7]。
駅構造
利用状況
乗車人員の推移は以下の通り。年間の値のみ判明している年度は日数割で算出した参考値を括弧書きで示す。出典が「乗降人員」となっているものについては1/2とした値を括弧書きで乗車人員の欄に示し、備考欄で元の値を示す。
また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。
| 年度 | 乗車人員(人) | 出典 | 備考 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 年間 | 1日平均 | JR調査 | |||
| 1978年(昭和53年) | 61.0 | [12] | |||
| 1981年(昭和56年) | (22.0) | [10] | 1日乗降客数は44人[10]。 | ||
| 1992年(平成4年) | (24.0) | [13] | 1日乗降客数は48人[13]。 | ||
| 2015年(平成27年) | 「10名以下」 | [JR北 3] | |||
| 2017年(平成29年) | 4.2 | [14] | |||
| 2018年(平成30年) | 3.0 | [15] | |||
| 2019年(令和元年) | 「3名以下」 | [JR北 4] | |||
| 2020年(令和2年) | 「3名以下」 | [JR北 5] | |||
| 2021年(令和3年) | 「3名以下」 | [JR北 6] | |||
| 2022年(令和4年) | 「1名以下」 | [JR北 7] | |||
| 2023年(令和5年) | 「1名以下」 | [JR北 8] | |||
| 2024年(令和6年) | 「1名以下」 | [JR北 9] | |||

