五感 (一対の絵画)

From Wikipedia, the free encyclopedia

製作年1620年ごろ
寸法176 cm × 264 cm (69 in × 104 in)
『視覚と嗅覚』
スペイン語: La Vista y el Olfato
英語: Sight and Smell
作者ヤン・ブリューゲル (父) ほか
製作年1620年ごろ
種類キャンバス上に油彩
寸法176 cm × 264 cm (69 in × 104 in)
所蔵プラド美術館マドリード
『味覚と聴覚、触覚』
スペイン語: El Gusto, el Oído y el Tacto
英語: Taste, Hearing and Touch
作者ヤン・ブリューゲル (父) ほか
製作年1620年ごろ
種類キャンバス上に油彩
寸法176 cm × 264 cm (69 in × 104 in)
所蔵プラド美術館マドリード

五感』(ごかん、西: Los cinco sentidos: The Five Senses)は、17世紀フランドルバロック期の画家ヤン・ブリューゲル(父) とほかの画家たちによる一対の絵画である。『視覚と嗅覚』(しかくときゅうかく、西: La Vista y el Olfato: Sight and Smell[1]と『味覚と聴覚、触覚』(みかくとちょうかく、しょっかく、西: El Gusto, el Oído y el Tacto: Taste, Hearing and Touch[2]からなる。ブリューゲルがルーベンスととも描いた『五感の寓意』 (プラド美術館マドリード) と同時期の1617-1618年 (あるいは1620年ごろ[1][2]) に制作された。この一対の絵画は、1731年の火災で失われたオリジナルの忠実な複製である[1][2][3]スペイン王室のコレクションに由来し、現在、マドリードのプラド美術館に所蔵されている[1][2][3]

当時、ブリューゲルはルーベンスのようにアントウェルペンスペイン領ネーデルラント総督アルブレヒト・フォン・エスターライヒ大公と彼の妃イサベル・クララ・エウヘニアの宮廷で仕事をしていた。五感を女性像として表す寓意的絵画は前世紀に人気あるものとなっていたが、ブリューゲルはこの主題に芸術作品、楽器、科学の道具、武具、花、狩猟の獲物、魚[4]など種々の事物を加え、その様式はほかのフランドルの画家たちに広く採用された。

歴史

この一対の絵画のオリジナルは、大公夫妻に贈るためにアントウェルペン市により依頼され、「市の最も優れた12人の画家たち」によって制作された。両作品には1618年10月に支払いがなされ[5]、1619年にテルフレン城英語版の観衆室に掛けられた。しかし、1731年にコウデンベルク英語版宮殿の火災で失われてしまった。現存する一対の複製は、ブリューゲル、ヘラルト・セーヘルスフランス・フランケン2世ヨース・デ・モンペールらによる忠実な複製である[1][2][3][6]。1633年にはスペインにあり[5]、1819年にプラド美術館に収蔵されるまでは様々な王宮に所蔵されていた[1]

作品

この一対の絵画は、アントウェルペン派の画家たちの絵画の複製を描いており、ユニークなものとなっている[7]。『視覚と嗅覚』の背景に見える絵画には、精神的な視覚拡大鏡によって表される物理的な視覚と対比されている『盲人の治癒』が含まれている。前景の望遠鏡、美術品の並ぶ奥の通路、その先の屋外に開け、陽光に照らされる入り口の扉もまた視覚のさまざまな要素を示している。視覚の擬人化である女性像がプットが掲げる鏡で自身の姿を見ている[3]一方、嗅覚を表すもう1人の女性像が別のプットから花束をもらっている。画面下部左端の犬は鋭い嗅覚を表し、ジャコウネコは臭い匂いを放つ[1]

ヤン・ブリューゲル (父) とルーベンス『五感の寓意 (連作)』 中の『聴覚』 (1617-1618年)、プラド美術館、マドリード

『味覚と聴覚、触覚』の中央には食事の場面が描かれている。音楽を奏でているリュート奏者と歌っている子供たちは聴覚を、腕の中のミンクを撫でる若い女性は触覚を、そして牡蠣を食べようとしている別の女性は味覚象徴する。クラヴィコードや画面左側のほかの楽器などもまた聴覚に関連し、キューピッドの髪の毛を引っ張っているサルは触覚に関連する。室内と右奥に見える通路にも、3つの感覚に関連する絵画が見える。『受胎告知』と『パルナッソスを訪れるミネルヴァ』は聴覚を、『歯医者』は触覚を、『富裕な大食家』と『カナの婚宴』は味覚を象徴する[2]

『味覚と聴覚、触覚』中の赤いドレスの女性の近くには、オーストラリアの鳥キバタンが見える。研究者たちは、最初にヨーロッパでオーストラリアの生物が描かれる80年も前に、どうしてブリューゲルがキバタンを描けたのだろうかと不思議に思っている。1つの仮説は、ウィレム・ヤンスゾーン 英語版が1611年にインドネシア経由の最初のオーストラリア旅行から戻った際にキバタンを連れ帰ったというものである。同じキバタンは、ブリューゲルとルーベンスによる、より早い時期に制作された『五感の寓意 (連作)』中の『聴覚』にも登場する[8]

脚注

参考文献

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI