宮城県庁舎

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宮城県庁舎(みやぎけんちょうしゃ、: Miyagi Prefectural Government Office)は、宮城県仙台市青葉区本町及び上杉に所在する宮城県庁宮城県議会及び宮城県警察本庁舎(行政庁舎・自治会館、議会庁舎、警察庁舎)の総称である[2]

用途 行政庁舎
主構造物 本庁舎(行政庁舎)
建築主 宮城県
事業主体 宮城県
概要 宮城県行政庁舎, 情報 ...
宮城県行政庁舎

(2010年6月1日撮影)
情報
用途 行政庁舎
主構造物 本庁舎(行政庁舎)
建築主 宮城県
事業主体 宮城県
管理運営 宮城県
構造形式 鉄筋コンクリート構造
建築面積 12,700 m²
延床面積 118,800 m²
階数 地上18階、地下2階
高さ 89.8m
着工 1986年昭和61年)7月[1]
竣工 1989年平成元年)5月
所在地 980-8570
宮城県仙台市青葉区本町三丁目8番1号
位置 北緯38度16分7.4秒 東経140度52分19.8秒
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行政庁舎、議会庁舎、警察庁舎の3庁舎は、仙台市都心部勾当台公園隣接地に所在した二代目県庁舎跡地に、総建築費398億円(設計費7億円、行政庁舎253億円、議会庁舎57億円、警察庁舎81億円)を注ぎ込み、議会庁舎、行政庁舎、警察庁舎の順に建設したものである[3]。自治会館は地下2階から地上3階までの区分所有となっており、県専用部以外の施設管理は宮城県自治会館管理組合が行っている[4]

宮城県行政庁舎

仙台城から見た宮城県行政庁舎とドコモ東北ビル

宮城県行政庁舎(みやぎけんぎょうせいちょうしゃ)は1989年平成元年)5月に完成した超高層建築物であり、宮城県知事執務室を有する庁舎としては三代目の庁舎となる。

現在の行政庁舎は、地方自治体初の本格的LANを組み込み、ソーラーシステム、雨水利用システム、空気調和照明などの自動監視制御により省エネルギー化されたインテリジェントビルであり、1989年(平成元年)当時3番目に高いビルでもあった。

1989年(平成元年)は、5期20年の間宮城県知事であった山本壮一郎が退いて3月28日本間俊太郎が新知事となり、また、仙台市4月1日政令指定都市に移行した年であり、バブル景気の上昇感の中で仙台市内では超高層ビルが次々建っていた時期でもある(→参照)。

最上階の展望ホールから南側を望む

庁舎の周辺では、仙台市地下鉄南北線建設に合わせて勾当台公園が大幅にリニューアルされ、再開発ファッションドーム141が建つなど、県庁舎のみならず周辺も大きく変化した。最上階の18階には、無料で自由に入れる「展望ホール」があるため、完成時には見物に訪れる県民も多かった。

  • 宮城県仙台市青葉区本町3丁目8番1号(1989年(平成元年)4月〜。仙台市の政令市化)

宮城県庁舎(二代目)

概要 宮城県庁舎, 情報 ...
宮城県庁舎

(1930年頃撮影)
情報
主構造物 本庁舎、東庁舎、西庁舎、北庁舎
設計者 佐藤功一
延床面積 10,000 m²
階数 地上4階
高さ 20.5m
着工 1928年昭和3年)
竣工 1931年(昭和6年)9月
改築 1952年(昭和27年)東庁舎、1962年(昭和37年)西庁舎、1965年(昭和40年)北庁舎を増築
所在地 980
宮城県仙台市本町三丁目8番1号
位置 北緯38度16分7.4秒 東経140度52分19.8秒
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二代目の県庁舎は、昭和天皇即位記念事業として、初代県庁舎の東隣に建設された。建築費は100万9千1931年昭和6年))、建設期間は1928年(昭和3年)から1931年(昭和6年)9月、延べ8万2千人が工事に関わった。外観が群馬県庁舎と似ており、当時の湯沢三千男宮城県知事の関与が言われている。

初代県庁舎は二代目県庁舎の完成後もそのままにされていたが、仙台空襲で焼失した。第二次世界大戦後、跡地に宮城県図書館が新築移転してきたが、後に図書館は移転し、現在は宮城県議会議事堂が建っている。

二代目県庁舎は戦後も使用され続け、朝鮮特需期の1952年(昭和27年)に東庁舎を増築し、高度経済成長期の1962年(昭和37年)には西庁舎、1965年(昭和40年)には北庁舎を増築している。

1978年(昭和53年)の宮城県沖地震で被害を受けたことや老朽化の問題から、1986年(昭和61年)に解体された。ただし、二代目県庁舎の頂塔のみ保存され、現庁舎正面の花時計の隣に設置してある。

二代目県庁舎は後述する初代の庁舎の隣にあったが、住所は同じだったようである。1970年(昭和45年)2月、県庁は動いていないが、通り毎の地名から区画毎の地名に住所が変更された。

  • 宮城県仙台市勾当台通27番地(1931年(昭和6年)9月~。初代と同じ住所)
  • 宮城県仙台市本町3丁目8番1号(1970年(昭和45年)2月~。住居表示の変更)

初代庁舎(仙台県庁舎→宮城県庁舎)

概要 宮城県庁, 情報 ...
宮城県庁

高橋由一、油彩、1881年
情報
旧名称 養賢堂 → 仙台県庁
旧用途 仙台藩藩校仙台県行政府
構造形式 木造
竣工 1760年宝暦10年)?
所在地 宮城県仙台市勾当台通27番地
位置 北緯38度16分5.5秒 東経140度52分9.6秒
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1871年8月29日(明治4年7月14日)の廃藩置県仙台県が成立し、同年12月13日(明治4年11月2日)に仙台城内に仙台県庁が開庁した[5]。しかし、石巻県石巻に置かれていた東山道鎮台が、仙台に移転して東北鎮台となると[6]、仙台県庁開庁から1週間も経たない12月19日(明治4年11月8日)に仙台城は兵部省の所管となり、東北鎮台の本営および兵営となることになった[5]。これにより、仙台県庁は移転を余儀なくされ、旧仙台藩藩校養賢堂に移転[5]1872年2月15日(明治5年1月7日)には、仙台県が宮城県に改称し、仙台県庁も宮城県庁と改称された。

養賢堂は、1760年宝暦10年)に現在の議会庁舎の地に移転してきており、附属施設が仙台城下町各所にあった。廃藩置県で養賢堂の主要施設は県庁となったが、隣接地の養賢堂用地は、現在仙台市役所勾当台公園として使用されている。

初代宮城県庁舎(仙台県庁舎)の住所表記の変遷の概略は以下の通り。番地が付された時期は不明。

アクセス

脚注

関連項目

外部リンク

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