伊多波刀神社
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位置
北緯35度16分34.7秒 東経136度57分18.7秒 / 北緯35.276306度 東経136.955194度座標: 北緯35度16分34.7秒 東経136度57分18.7秒 / 北緯35.276306度 東経136.955194度
主祭神
高皇産霊尊・誉田別尊・息長足姫命・玉依姫命
| 伊多波刀神社 | |
|---|---|
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拝殿 | |
| 所在地 | 愛知県春日井市上田楽町3454 |
| 位置 | 北緯35度16分34.7秒 東経136度57分18.7秒 / 北緯35.276306度 東経136.955194度座標: 北緯35度16分34.7秒 東経136度57分18.7秒 / 北緯35.276306度 東経136.955194度 |
| 主祭神 | 高皇産霊尊・誉田別尊・息長足姫命・玉依姫命 |
| 社格等 |
式内社 旧県社 |
| 創建 | (伝)景行天皇42年 |
| 本殿の様式 | 八幡造 |
| 別名 |
八幡宮 田楽の大八幡 |
| 例祭 | 10月第2月曜日 |
| 主な神事 | 流鏑馬(10月第2月曜日) |
| 地図 | |



伊多波刀神社(いたはとじんじゃ)は、愛知県春日井市上田楽町に鎮座する神社。『延喜式神名帳』の尾張国春部郡「伊多波刀神社」に比定されている。
歴史
社伝によれば景行天皇42年の創祀というが、正確な創建年代は不詳。近世まで八幡宮と称していた。最も古い大永3年(1523年)の棟札に「八幡宮本社」とある。江戸前期成立の『寛文村々覚書』には「田楽村...八幡...当村禰宜 助太夫持分」とある。江戸期には春日井郡田楽村の氏神で、味岡庄17か村の総産土神として崇敬されたという。源頼朝が武運長久を祈願して朱印地と甲冑3領を寄進したと伝えるなど、中世以降八幡神として武家の信仰を集めて隆盛し、織田信長による寄進もあって慶長年間には社領5町8反を有したが、検地により全て没収されたという。近世まで神宮寺として常念寺(廃寺)があった。
江戸中期に天野信景によって『延喜式神名帳』の春部郡「伊多波刀神社」に比定され、以降は定説となった。『尾張国内神名帳』には「従三位 板鳩天神」とある。天野が当社を伊多波刀神社に比定した根拠は明確ではないが、俗説として板面にハトを描いて神に奉納する風習があったためこの名がついたと考察している[1]。津田正生らはこれについて疑問を呈しており[1]、八幡神の神使が鳩である事から連想された可能性が指摘されている[2]。志賀剛は「伊多畑」の転で水が湧く畑を意味するという説を提唱している[3]。なお『明治十五年愛知縣郡町村字名調』によれば、田楽村には「鳩辺」という小字が存在していた。
祭祀
境内社
境内
文化財
- 奉納流鏑馬 春日井市指定無形民俗文化財
交通
脚注
参考文献
- 伊藤浩『春日井の歴史ウォッチング』、伊藤浩、平成8年1月、33頁
- 『式内社調査報告』第8巻 東海道3、皇學館大學出版部、平成元年
- 『尾張名所図会』 第三巻 伊多波刀神社、1844年
