住吉橋 (小田原市)

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日本の旗 日本
交差物件 住吉濠
用途 人道橋
住吉橋
架け替えから間もない、2018年4月撮影
基本情報
日本の旗 日本
所在地 神奈川県小田原市
交差物件 住吉濠
用途 人道橋
座標 北緯35度14分58秒 東経139度9分23秒 / 北緯35.24944度 東経139.15639度 / 35.24944; 139.15639
構造諸元
形式 桁橋
材料 木材
全長 三十二尺(約9.6m)
十二尺(約3.6m)
最大支間長 十六尺(約4.8m)
地図
住吉橋
住吉橋
住吉橋
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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住吉橋(すみよしばし)は、神奈川県小田原市小田原城の濠に架かる橋である。

小田原城のうち、江戸時代に整備された二の丸と馬屋曲輪・御茶壺曲輪の間の住吉濠に架かる。史料に初めて現れるのは1644年~1645年頃に記されたと考えられる小田原城絵図「正保図」で、当初は木橋であった。その後1672年寛文12年)に石垣のかさ上げが行われ、1703年元禄16年、元禄地震)・1843年天保14年)・1853年嘉永6年、嘉永小田原地震)には地震に見舞われており、修理あるいは架け替えが行われたと考えられる[1]。宮内庁に保管されている、1703年の地震前に記された「小田原城絵図」には、「幅2、長さ4間4尺5寸、4本の柱と笠木・平桁・地覆からなる欄干がある」旨が記されている。1817年の文献によると「土橋ながら火が燃え移ったが、根府川の火消しが消し止めた」との記述があり、この頃には土橋に代わっていたと考えられる。1901年から1923年にかけては御用邸として使われ、宮内庁の図面にも土橋の様子が記されているが、1923年関東大震災で崩落した石垣とともに埋め立てられた[2]

構造

1986年昭和61年)の遺構調査により、長さ4m、幅5m(推定)の橋台と対岸の銅門の間の8mの橋であり、中央に幅員方向に松の丸太の橋脚3本が建てられていたことが明らかになった。土橋になっていた時期があったため、銅門側にどのように接続していたかの痕跡は判然としなかった[3]

復元

脚注

参考文献

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