佐竹義輔
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1902年、秋田県で佐竹南家の佐竹義雄の次男として生まれた[3]。旧名は佐竹義宏。次男であったため、はじめ早川家の養子となったが、兄の義質の急死に伴い佐竹南家の当主となり、男爵位を継承した。
秋田県立橫手中学校(現、秋田県立横手高等学校)を経て、東京帝国大学(現、東京大学)理学部に進む。東京大学に学位論文「Boehmeria japonica (日本産やぶまを屬)」を提出して理学博士号を取得。大学卒業後は東京科学博物館 (現:国立科学博物館) の植物研究部長に就任した[2]。 1952年(昭和27年)、国立科学博物館学芸部長として、皇居で行われた植物学に関する合同進講に参加した[4]。
学界では日本高山植物保護協会会長をつとめた。2000年3月31日、老衰のため97歳で死去[1]。