保戸野八丁
From Wikipedia, the free encyclopedia
保戸野八丁 | |
|---|---|
| 北緯39度43分44.54秒 東経140度7分11.98秒 / 北緯39.7290389度 東経140.1199944度 | |
| 国 |
|
| 都道府県 |
|
| 市町村 |
|
| 人口 | |
| • 合計 | 800人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
010-0903 |
| 市外局番 | 018[2] |
| ナンバープレート | 秋田 |
保戸野八丁(ほどのはっちょう)は秋田県秋田市にある町。郵便番号は010-0903。住居表示実施済み地区。
本項では、保戸野八丁の前身であり1966年(昭和41年)4月1日に廃止された保戸野八丁新町上丁(ほどのはっちょうしんまちかみちょう)・保戸野八丁新町下丁(ほどのはっちょうしんまちしもちょう)についても記述する。
河川
歴史
久保田城下で小禄の家臣や小人が居住した保戸野八丁新町上丁・下丁と、近郊農村である泉村の一部などを前身とする。宝暦9年(1759年)の城下町絵図では下丁が「天徳寺街道新町」と書かれ、享和3年(1803年)の『出羽国郡村仮名附帳』でも「天徳寺街道新町」の記載がある[3]。万延元年(1860年)の『佐竹藩士禄附町附覚』では八丁新町となっていることから、この間の改称と推定されている[4]。天徳寺街道沿いで隣接した泉村の小字である八丁から名を取ったもので、天徳寺から8町(約872m)の意であるという[4]。下丁は保戸野袋小路とも呼ばれた[5]。
久保田藩士の橋本秀実が書いた『八丁夜話』は、秀実が保戸野八丁新町下丁に住んだことに由来するが、屋敷の場所は判っていない[4]。
沿革
町名の変遷
以下はすべて住居表示実施に伴う変更。
| 実施前 | 実施年月日 | 実施後(各町ともその一部) |
|---|---|---|
| 保戸野八丁新町上丁 | 昭和41年4月1日 | 保戸野八丁 ほどのはっちょう |
| 保戸野八丁新町下丁 | 昭和41年4月1日 | 保戸野八丁 ほどのはっちょう |
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前 |
|---|---|---|
| 保戸野八丁 | 平成11年10月1日 | 泉字下ノ町(一部) いずみ あざしたのまち |
| 昭和41年4月1日 | 泉字反町(一部) いずみ あざたんまち | |
| 泉字新堰(一部) いずみ あざにいぜき | ||
| 泉字八丁(一部) いずみ あざはっちょう | ||
| 保戸野字原ノ町(一部) ほどの あざはらのまち | ||
| 保戸野愛宕町(一部) ほどのあたごまち | ||
| 保戸野金砂町(一部) ほどのかなさまち | ||
| 保戸野八丁新町上丁 ほどのはっちょうしんまちかみちょう | ||
| 保戸野八丁新町下丁 ほどのはっちょうしんまちしもちょう |
世帯数と人口
交通
施設
- 保戸野八丁反町会館
- 保戸野八丁街区公園
- みつば保育園
- ほどの薬局