港北 (秋田市)
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
沿革
江戸期に出羽国秋田郡相染村の一部として成立後、相染新田村となる。
- 1878年(明治11年)12月23日 - 郡区町村編制法の秋田県での施行により、南秋田郡相染新田村となる。
- 1884年(明治17年) - 飯島村、飯田村、穀丁村と連合し、戸長役場は相染新田村に設置された。
- 1886年(明治19年)10月 - 相染新田村漁師に対しサケ・マス刺網漁禁止の旨を厳命される[3]。
- 1889年(明治22年)4月1日 -相染新田村と土崎湊19町[4]が合併し土崎港町が発足。
- 当初は土崎港町ではなく穀丁村(現在の飯島の一部)と合併して宗石村を発足させることを主張し、「町場と農村とでは人情風俗が大きく異なる」「町管理の経費が農村にのしかかる」として幾度も合併反対の願書を提出した[5]。しかし県が合併枠の変更を認めず、土崎港町との合併が行われた。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 土崎港町が寺内町・広山田村とともに秋田市に編入。
- 1978年(昭和53年)4月1日 - 住居表示実施に伴い、港北新町、港北松野町が成立する。
町名の変遷
以下はすべて住居表示実施に伴う変更。
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前(各字名ともその一部) |
|---|---|---|
| 港北新町 | 昭和53年4月1日 | 飯島字長野 いいじま あざながの |
| 昭和53年4月1日 | 飯島字鼠田尻 いいじま あざねずみたじり | |
| 港北松野町 | 昭和53年4月1日 | 飯島字長野 いいじま あざながの |