倉野光生
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名古屋電気高等学校(愛知工業大学名電高等学校の前身)時代は、主将(1976年度)を務めていた[1]。
愛知工業大学では捕手として明治神宮大会にも出場し卒業後、母校の愛工大名電高校のコーチに就任[2]。コーチ時代には工藤公康や山﨑武司、イチローの指導に当たった[2]。
1997年に、勇退した中村豪に代わって、同校のコーチから監督へ就任した[2]。
堂上直倫らを率いて、2004年の第76回選抜高等学校野球大会(春)で準優勝、翌2005年の第77回選抜高等学校野球大会(春)で優勝を果たしている。この時は野球部マネージャーを務めていた自身の娘もベンチ入りしていた。
2022年の第104回全国高等学校野球選手権大会(夏)では、コーチ時代に工藤公康らを率いてベスト4になった1981年以来41年ぶりに、夏の甲子園で一大会2勝目をあげた。倉野が名電の監督に就任以降、夏の甲子園で一大会2勝以上したのは初めてのこと(同大会最終的には3勝、ベスト8)[3]。