備中国総社宮
岡山県総社市総社にある神社
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概要
祭神
歴史
当地には総社ができる以前、仁徳天皇の皇妃・八田皇女の名代として八田部(八部)が設けられたという[2]。のち御友別(応神天皇妃の兄)の子孫が当地に移住し国造となり、野俣神社(現 境内社の沼田神社)を建て周辺一帯の総社としたとされる[3]。大化後、当地に備中国総社が創建された[3]。平安時代中期、『延喜式神名帳』には式内社として「備中国賀夜郡 野俣神社」の記載があるが、沼田神社はこの論社とされている。
室町時代には戦火に遭って社殿が焼失、1429年に再建されたとされる。天正年間(1573年-1592年)に再び焼失、貞享4年(1687年)に再建され、彩色二十四孝の絵馬が奉納された。これにより商家の信仰が増し、豪商の西戎屋等により京都の一流画家の描いた絵馬が奉納されるなどして繁栄した。周辺は門前町・宿場町として発展し、のちの総社市の礎を築いた。
境内
摂末社
主な祭事
- 輪くぐり
- 力石総社 - 1994年から開催されている力比べ[4]。
- 324社祭 - 相殿神8柱、末社12社、備中国304社の計324社の神饌を奉献する。
文化財
総社市指定文化財
- 史跡
- 総社跡 - 1994年(平成6年)10月24日指定[5]。
