冠位二十六階
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 冠位十九階 | 冠位二十六階 | 冠位四十八階 |
|---|---|---|
| 大織 | 大織 | 正大壱 正広壱 正大弐 正広弐 正大参 正広参 正大肆 正広肆 |
| 小織 | 小織 | |
| 大繡 | 大縫 | |
| 小繡 | 小縫 | |
| 大紫 | 大紫 | |
| 小紫 | 小紫 | |
| 大花上 大花下 | 大錦上 | 直大壱 直広壱 直大弐 直広弐 |
| 大錦中 | ||
| 大錦下 | ||
| 小花上 小花下 | 小錦上 | 直大参 直広参 直大肆 直広肆 |
| 小錦中 | ||
| 小錦下 | ||
| 大山上 大山下 | 大山上 | 勤大壱 勤広壱 勤大弐 勤広弐 勤大参 勤広参 勤大肆 勤広肆 |
| 大山中 | ||
| 大山下 | ||
| 小山上 小山下 | 小山上 | 務大壱 務広壱 務大弐 務広弐 務大参 務広参 務大肆 務広肆 |
| 小山中 | ||
| 小山下 | ||
| 大乙上 大乙下 | 大乙上 | 追大壱 追広壱 追大弐 追広弐 追大参 追広参 追大肆 追広肆 |
| 大乙中 | ||
| 大乙下 | ||
| 小乙上 小乙下 | 小乙上 | 進大壱 進広壱 進大弐 進広弐 進大参 進広参 進大肆 進広肆 |
| 小乙中 | ||
| 小乙下 | ||
| 立身 | 大建 | |
| 小建 |
天智天皇3年(664年)2月9日に、称制を敷く中大兄皇子(天智天皇)が、弟の大海人皇子(天武天皇)に宣命させた[1]。このとき冠位のほかに氏上・民部(かきべ)・家部についても宣命があり、あわせて甲子の宣と呼ばれている。
『日本書紀』が記す26階は、1に大織、2に小織、3に大縫、4に小縫、5に大紫、6に小紫、7に大錦上、8に大錦中、9に大錦下、10に小錦上、11に小錦中、12に小錦下、13に大山上、14に大山中、15に大山下、16に小山上、17に小山中、18に小山下、19に大乙上、20に大乙中、21に大乙下、22に小乙上、23に小乙中、24に小乙下、25に大建、26に小建である。
施行期間は天智天皇と天武天皇の2代にまたがるが、おそらく天智天皇10年(671年)から天武天皇2年(673年)までの間に部分的変更が加えられた。一つは内位と外位の別、もう一つは諸王の位である。天武天皇14年(685年)1月21日制定の冠位四十八階によって廃止された。