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池田町 (北海道)

北海道中川郡の町 From Wikipedia, the free encyclopedia

池田町(いけだちょう)は、北海道十勝総合振興局管内の中川郡にある町。町営でブドウ栽培・ワイン醸造を行っており、「ワインの町」として知られている。

概要 いけだちょう 池田町, 国 ...
いけだちょう ウィキデータを編集
池田町
池田町旗
1968年6月3日制定
池田町章
1968年6月3日制定[1]
国 日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道(十勝総合振興局)
郡 中川郡
市町村コード 01644-6
法人番号 1000020016446 ウィキデータを編集
面積 371.79km2
総人口 5,685人 [編集]
(住民基本台帳人口、2026年7月31日)
人口密度 15.3人/km2
隣接自治体 中川郡幕別町、豊頃町、本別町、
十勝郡浦幌町、河東郡士幌町、音更町
町の木 サクラ
カシワ
町の花 ツツジ
開町記念日 10月1日
池田町役場
町長 安井美裕
所在地 〒083-8650
北海道中川郡池田町字西1条7丁目11番地
北緯42度55分44秒 東経143度26分54秒
外部リンク 公式ウェブサイト

池田町 (北海道)位置図

■ ― 政令指定都市 / ■ ― 市 / ■ ― 町・村

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地理

十勝総合振興局管内東部に位置。十勝平野の東縁にあたり、平坦な土地が多く目立った山はない。南西の幕別町との境界を十勝川が流れ、その支流である利別川が町域中央を南北に貫流する。十勝川の河道が切り替えられるまでは池田町の中心市街付近で利別川と合流しており、明治時代には河港として栄えていた。

山岳

河川

地名の変遷

池田町発足時は凋寒村と呼ばれていたが大字と共に改称を行っている。自治体名と大字の改称は以下のとおりである。

さらに見る 旧自治体名 (1906~1913), 旧自治体名 (1913~1926) ...
自治体名・大字改称
旧自治体名
(1906~1913)
旧自治体名
(1913~1926)
現在
凋寒村 川合村 池田町
凋寒村の時の大字 川合村の時の大字 現在
凋寒村 川合村 (池田町発足後は大字改称なし、1939年に大字廃止)
蝶多村 千代田村
十弗村 東台村
様舞村 様舞村
誓牛村 近牛村
信取村 信取村
蓋派村 大森村
居辺村 居辺村
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その後1939年9月15日に北海道庁告示第976号をもって字名改正が実施された。その内容は以下のとおりである。なおこの改正では字新川も設定されているが現在は幕別町域であるため改正内容は「幕別町#地名の変遷」を参照。

さらに見る 新たに画する字, 区域(旧大字:中川郡池田町大字) ...
字名改正対照表
新たに画する字 区域(旧大字:中川郡池田町大字) 区域(旧小字)
大通1~14丁目 川合村 利別太南二~七線東
大通南1丁目 利別太南六~七線東
西1条1~11丁目 利別太南二~六線東、利別太原野南六線東
西2条2~11丁目 利別太南二~五線東
東1条 利別太南五~六線東
東2条 利別太南六~七線東
旭町 利別太南二~五線東
富岡 東台村 十弗、ケネベツ、コタノロ、十弗幹線北、十弗東一~二線北、十弗川上流
東台 十弗、十弗幹線、十弗左一~三線、十弗七号線、十弗右一~四線、ケネベツ、トプチ、コタノロ
昭栄 利別太南七~八線、十弗南七~八線、十弗基線北、トーナイ南九線北、十弗西一~二線北、十弗東一~三線、十弗第一分線、十弗
清見 十弗
川合村 利別太南一~六線、利別太基線
川合 トーナイ原野南五~十五線東
利別 利別太、利別太原野、利別太原野南二~六線、凋寒、利別太東二番通二~八丁目、利別太東三番通二~八丁目、凋寒利別太東四番通二~八丁目、利別太西五番通二~八丁目、利別太市街予定地西六番通二~八丁目、利別太西七番通二~五丁目
青山 下利別原野北五~十線東、下利別、利別太
豊田 利別太原野南一~二線、利別太南一線東、利別太基線東、下利別基線、下利別、利別太、下利別北一~五線
千代田村 利別太基線東、利別太
千代田 東利別太原野南四~七線、利別太南二~五線、止若原野南五線東、フンベ、利別太、オサルシナイ、下士幌、利別太基線東
様舞 様舞村 下利別北一~七線東、下利別基線東、下利別十弗
近牛 近牛村 下利別、十弗、下利別北八~十四線東
大森 大森村 十弗、蓋派基線、蓋派、蓋派西一号、蓋派四~十線、ケナシバ
高島 信取村 下利別、下利別北十三~十六線、下利別、下利別北九~十四線、下利別基線東、トーカ
信取 下利別幹線、下利別支線、下利別、トーカ川幹線、オサルシナイ
美加登 利別、下利別、蓋派第一基線、パンケベツポ、トーカ
常盤 居辺村 蓋派第一~二基線、蓋派南一線、ケナシパ第三基線、蓋派北一・三~四線、ケナシパ中北一~二線、蓋派、下利別
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その後も市街地などで改正が行われている。

さらに見る 施行年, 新たに画する字町 ...
市街地の改正[2]
施行年 新たに画する字町 区域(旧字:上川郡神居村字) 廃止された字の一覧
1969年 西3条4~9丁目 西2条8~9丁目 大通8~14丁目
1984年 旭町1~6丁目 旭町、大通8~14丁目 旭町
清見ヶ丘 旭町 利別
利別西町 利別
利別本町
利別東町
利別南町
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気候

ケッペンの気候区分によると、池田町は湿潤大陸性気候に属する。寒暖の差が大きく気温の年較差、日較差が大きい顕著な大陸性気候である。降雪量が多く、豪雪地帯に指定されている。冬季は-25℃前後の気温が観測されることが珍しくなく、寒さが厳しい。

さらに見る 池田(中川郡池田町清見、標高42m)の気候, 月 ...
池田(中川郡池田町清見、標高42m)の気候
月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月年
最高気温記録 °C (°F) 8.2
(46.8)
13.1
(55.6)
17.7
(63.9)
31.2
(88.2)
38.8
(101.8)
35.7
(96.3)
37.4
(99.3)
37.1
(98.8)
34.2
(93.6)
28.8
(83.8)
21.6
(70.9)
14.4
(57.9)
38.8
(101.8)
平均最高気温 °C (°F) −2.0
(28.4)
−0.7
(30.7)
4.2
(39.6)
11.5
(52.7)
17.2
(63)
20.3
(68.5)
23.5
(74.3)
24.8
(76.6)
21.9
(71.4)
15.8
(60.4)
8.3
(46.9)
0.6
(33.1)
12.1
(53.8)
日平均気温 °C (°F) −8.2
(17.2)
−6.9
(19.6)
−1.3
(29.7)
4.9
(40.8)
10.4
(50.7)
14.2
(57.6)
18.0
(64.4)
19.4
(66.9)
16.0
(60.8)
9.3
(48.7)
2.5
(36.5)
−5.0
(23)
6.1
(43)
平均最低気温 °C (°F) −15.4
(4.3)
−14.4
(6.1)
−7.4
(18.7)
−1.2
(29.8)
4.3
(39.7)
9.4
(48.9)
13.9
(57)
15.4
(59.7)
11.2
(52.2)
3.4
(38.1)
−2.9
(26.8)
−11.3
(11.7)
0.4
(32.7)
最低気温記録 °C (°F) −28.4
(−19.1)
−27.6
(−17.7)
−23.1
(−9.6)
−11.0
(12.2)
−5.3
(22.5)
−0.9
(30.4)
5.0
(41)
4.7
(40.5)
−0.8
(30.6)
−6.5
(20.3)
−15.1
(4.8)
−23.8
(−10.8)
−28.4
(−19.1)
降水量 mm (inch) 37.7
(1.484)
26.5
(1.043)
40.0
(1.575)
61.0
(2.402)
87.8
(3.457)
80.5
(3.169)
105.4
(4.15)
135.0
(5.315)
129.2
(5.087)
89.4
(3.52)
49.7
(1.957)
48.8
(1.921)
897.0
(35.315)
平均降水日数 (≥1.0 mm) 4.8 4.2 5.4 8.2 9.2 9.0 10.2 11.3 10.1 8.3 6.8 5.7 93.2
平均月間日照時間 181.2 188.1 221.3 193.2 190.7 160.6 131.2 133.8 147.3 172.8 167.5 165.4 2,053.1
出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1977年 - 現在)[3][4]
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隣接している自治体

人口

池田町と全国の年齢別人口分布(2005年) 池田町の年齢・男女別人口分布(2005年)
■紫色 ― 池田町
■緑色 ― 日本全国
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性
池田町(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 13,627人
1975年(昭和50年) 12,306人
1980年(昭和55年) 11,902人
1985年(昭和60年) 11,255人
1990年(平成2年) 9,809人
1995年(平成7年) 9,093人
2000年(平成12年) 8,710人
2005年(平成17年) 8,193人
2010年(平成22年) 7,529人
2015年(平成27年) 6,882人
2020年(令和2年) 6,294人
総務省統計局 国勢調査より

町名の由来

もともと現在の池田市街にあたる十勝川と利別川の旧合流点一帯はアイヌ語で「貝殻・の処・の傍」を意味する「セイオㇿサㇺ(sei-or-sam)」と呼ばれており[5]、和人はこれに漢字をあて「凋寒(しぼさむ[注釈 1])」と呼んだ[5][6][7]。

しかし、1904年(明治37年)に現在の根室本線にあたる鉄道が開通した際、池田仲博(徳川慶喜の五男)による「池田農場」の敷地内に駅が設置され、池田駅と命名された[6][7][8]。

その後、村名についても、1913年(大正2年)4月1日に川合村[注釈 2]への改称を経て、1926年(大正15年)7月1日の町制施行時に「池田」を町名とした[8]。

歴史

1879年(明治12年)に山梨県出身の武田菊平が入植、その後1896年(明治29年)に開墾が始まり、前述の「池田農場」や高島嘉右衛門による「高島農場」が設置された。

  • 1899年(明治32年) 凋寒外13カ村戸長役場が設置される。
  • 1906年(明治39年)4月1日 凋寒村(しぼさむ)、蝶多村(ちょうた)、十弗村(とおふつ)、様舞村(さままい)、誓牛村(ちかうし)、信取村(のぶとり)、蓋派村(けなしは)、居辺村(おりべ)が合併。凋寒村となる。
    • このころの凋寒村の中心は利別太(現在の利別)におかれていたが、利別太は十勝川と利別川の合流点にあたり、十勝地方の和人による開拓においては水運による物資輸送の中継地点として大きく栄えた場所であり、役場や学校も置かれていた[9]。鉄道開通直後の1906年(明治39年)末当時の凋寒村の人口は7,165人であり、同時点の帯広町の人口(4,249人)をも凌ぐ、十勝1位の規模であった[10]。
  • 1913年(大正2年)4月1日 川合村(かわあい[5])に改称。同年、村内の大字を以下のように改称。
    凋寒村 → 川合村、蝶多村 → 千代田村、十弗村 → 東台村(とうだい)、誓牛村 → 近牛村、蓋派村 → 大森村
  • 1922年(大正11年)8月20日 - 8月25日 大雨による洪水被害。十勝川水位が池田付近で1丈7尺(5.5m)、千代田・利別・川合地区が一大湖沼と化し、市街全域が腰までつかる洪水被害。17箇所の避難所設置され、857名収容。炊き出しが実施された[11]。
  • 1925年(大正14年)4月1日 士幌村(現士幌町)に一部を分割。
  • 1926年(大正15年)7月1日 町制施行、池田町に改称。
  • 1933年(昭和8年)6月1日 大字居辺村の一部(下居辺地区)を士幌村へ編入[12]。
  • 1939年(昭和14年) 町内の大字を行政字とした上で再編。
  • 1947年(昭和22年)12月31日 一部を幕別町へ編入。
  • 1952年(昭和27年)3月4日 - 十勝沖地震が発生。町内の家屋に被害多数[13]。
  • 1954年(昭和29年)8月17日 釧路市から帯広市に向かう昭和天皇、香淳皇后のお召し列車が池田駅に停車。駅前奉迎が行われた[14]。
  • 1963年(昭和38年)全国の自治体で初めて酒類試験製造免許を取得[15]。
  • 1964年(昭和39年)池田町ブドウ・ブドウ酒研究所設立[15]。
  • 2005年(平成17年)DCTgarden IKEDA設立。

経済

いけだワイン城の十勝ワイン試飲

産業

農業
畑作はインゲンマメや小豆などの豆類、テンサイ、ばれいしょが中心。タマネギ、ネバリスター等の野菜の作付けも増えている。畜産は肉用牛が主だが、酪農も行われる。またブドウの耐寒性品種の栽培も行われており、町営工場でワインも製造され十勝ワインの名で知られる。小規模ながら水田もある。

立地企業

組合

  • 十勝池田町農業協同組合(JA十勝池田町)
  • 北海道農業共済組合(NOSAI北海道)池田家畜診療所
  • 十勝広域森林組合池田事業所

郵便局

十勝池田郵便局

宅配便

議会

官公署

国の機関

財務省
厚生労働省
国土交通省
  • 北海道開発局帯広開発建設部
    • 池田河川事務所
    • 十勝川下流防災施設(十勝川資料館)

道の機関

  • 十勝総合振興局森林室池田分室

公共機関

池田警察署

警察

消防

姉妹都市・提携都市

海外

国内

教育

交通

池田駅

空港

鉄道

北海道旅客鉄道(JR北海道)

廃止された鉄道・軌道

北海道ちほく高原鉄道
殖民軌道居辺線
戦前、池田町高島から士幌町下居辺まで殖民軌道が存在した。十勝管内で実際に殖民軌道建設に至ったのは居辺線のみであり、大変貴重な存在である。居辺線は馬力線であり、建設当初45両の台車を使用し、最盛期には年間2000トン程度の輸送実績があった。高島駅前から西へ曲がり、高島橋で併用軌道となり利別川を越えていた。その後、北へ曲がり、ペンケ川に近い進路を通って河東郡士幌町の下居辺地区(現在のしほろ温泉)へ通じていた。1941年(昭和16年)頃から輸送量が激減し、戦後はほとんど使用されなくなった。
2008年(平成20年)時点では途中停車場や線路の遺構はほとんど失われている。停車場はバス停のような簡易的な作りであり、現代の鉄道で考えられる駅とは全く異なるものであったと考えられる。

バス

十勝バス(池田案内所を設置[17])
池田町コミュニティバス「あいバス」

道路

タクシー

  • ワインタクシー

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

町の文化財

  • 十日川5遺跡出土遺物 - 近牛郷土資料館
  • 林務署遺跡出土遺物 - 近牛郷土資料館
  • 池田3遺跡出土遺物 - 近牛郷土資料館

レジャー

観光

バナナ饅頭

祭り

  • 秋のワイン祭り(10月)
  • いけだでナイト

池田町が舞台(ロケ地)となった作品

ドラマ

著名な出身者

ゆかりのある著名人

脚注

外部リンク

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Top Qs

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