北神
神戸市北区の地域通称
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概要

1947年(昭和22年)から1955年(昭和30年)にかけて神戸市に編入された旧有馬郡南部の旧町村と、旧美嚢郡から1958年(昭和33年)に編入された旧淡河村に相当する地域がおおむね北神にあたる[2]。これは、北区全体から旧武庫郡山田村に相当する鈴蘭台地区と山田地区の2地区を除いた地域に相当する[3]。
2021年1月現在の人口は84,270人。長年増加が続いていたが、2013年に減少に転じた。ただし、2019年より社会増減が増加に転じ、人口減少幅は小さくなっている[4]。
「北神」が指す地域の変遷
行政による区分では、現在では北区のうち旧有馬郡南部および旧淡河村に相当する北部地域(神鉄沿線では東大池より北)を指す[1]。このため現在行政上の地域区分では、北区のうち南部にあたる鈴蘭台エリアはもとより、中部にあたる山田地区も、行政による区分においては「北神」には含めない[1]。しかし北区全体を「北神」と称する例もあり[5]、実際に公式観光サイトでも本区エリアを含んで「北神」と称している[5]。
1990年代以前は北区全体を「北神」と呼称することが一般的であり、神戸市の開発計画・各種資料においても鈴蘭台地域をはじめとする北区全体を「北神」と称している[6]。このため北区の南部にあたる鈴蘭台・西鈴蘭台地域および山田地区における開発計画の総称を長らく「北神地域開発」としており[6]、なかでも神戸市主導の鈴蘭台ニュータウンの開発を「北神地区開発の拠点」と位置付けていた[6]。
この本区地域(鈴蘭台エリア・山田地区)をも含む「北神」の定義は1990年代までは一般的であり、神戸市発行の計画・資料では「神戸市第3次農漁業計画」(1989年)[7]、「神戸市エコポリス計画」(1990年)、「新修神戸市史」(1994年)でもこの定義を用いている。
このため行政での区分では本区地域を含まなくなった現在でも、広義では鈴蘭台エリア・山田地区を「北神」と呼称する例がみられる。また本区地域(鈴蘭台エリア・山田地区)への市営上水道供給ラインの名称は「北神水道」であり、山田地区と神戸都心を結ぶ神戸市営地下鉄の路線名称は「北神線」である。
そもそも「北神」は「神戸市北部」の略称として、北区成立以前の1960年代初頭から同地方で最初に大規模宅地開発計画が進んだ鈴蘭台地域を主に指して用いられた[6]用語であり、現在行政において定義されている地域以外(本区)を含んで用いても意味的な誤りはない。
分区計画
かつての計画
北区は1960年代以降の神戸電鉄沿線の大規模宅地開発の進捗によって、同地域の人口が急激に増加したことから[2]、1973年(昭和48年)8月1日に兵庫区から分離発足したものであった[2]。しかしその後もベッドタウン化が著しく、さらに1985年(昭和60年)からは日本最大級の複合機能都市「神戸三田国際公園都市」の入居が進み[8]、1973年(昭和48年)からの20年間で人口が2倍以上に増加した[9]。
このため北区のうち北神地区をさらに再分区する計画が以前から存在しており[10][11]、一時期は「有馬区」や「緑区」などの命名案も浮上していた。
事実上の分区へ
新たな行政区の設置は、住所や選挙区の変更などといった住民生活への影響を考慮する必要があり[12]、さまざまな議論を呼ぶことが確実であることが予想され[13]、現実的な選択肢ではなかった[13]。そこで神戸市長の久元喜造は、正式な行政区とはしない分区方法の検討を市民参画推進局に指示した[13]。
地方自治法第252条の20第1項・第3項をあわせて読めば、区には1つの事務所に1⼈の区⻑を置くというのが法の趣旨であると解されるが、この事務所を特定の1つの場所に置かなければならないということが規定されていないということに着目し[13]、事務所の⼀部の組織をある場所に、残りの組織を別の場所に置くことは許容されるのではないかという結論に至った[13]。また、事務所の名称は条例で定めることとされ(同条2項)、法令上の制限はないため[13]、現行の「北区役所」のほかに、北神地区の住所表示は北区のままとしながらも「北神区役所」を新たに設置して事実上の分区とするという方法を見出した[13]。
このような解釈の下に「神戸市区設置条例」「神戸市区の事務所の名称、位置及び所管区域等に関する条例」「神戸市区役所⽀所及び出張所設置条例」を統合して「神戸市区の設置等に関する条例」を新たに制定し[14][13]、その中で北区に北区役所と北神区役所という二つの区役所を設置する旨を規定した[14]。
これにより、2019年(平成31年)4月1日に北部8地区を管轄する「北神区役所」が設置され[12]、日本の政令指定都市では唯一、同一区内に2か所の区役所が存在し[12]、他区では1か所ずつ設置されている文化センターや図書館も2か所存在している。ただし、上記のとおり生活への影響を考慮して正式な行政区とはしておらず、住所表示は従来通り北区のままである[12]。
地理
歴史
沿革

- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制が施行され、有馬郡湯山町、有野村、八多村、道場村、大沢村、美嚢郡淡河村、上淡河村が発足。
- 1896年(明治29年)6月15日 - 湯山町が有馬町に改称。
- 1902年(明治35年)5月1日 - 道場村大字上津谷村と大字宅原村が長尾村として分離独立。
- 1919年(大正8年) - 道場村に神戸市が建設する千苅ダムが竣工。
- 1947年(昭和22年)3月1日 - 有馬町、有野村が神戸市兵庫区に編入される。
- 1951年(昭和26年)7月1日 - 八多村、道場村、大沢村が神戸市兵庫区に編入される。
- 1955年(昭和30年)10月15日 - 長尾村が神戸市兵庫区に編入される。
- 1957年(昭和32年)
- 3月 - 兵庫消防署有馬出張所が設置される。
- 7月1日 - 淡河村と上淡河村が合併し、改めて淡河村が発足。
- 1958年(昭和33年)2月1日 - 淡河村が神戸市兵庫区に編入される。
- 1964年(昭和39年)10月 - 兵庫消防署有馬出張所が移転する。
- 1971年(昭和46年)3月 - 兵庫消防署道場出張所が設置される。
- 1972年(昭和47年)6月1日 - 有野町唐櫃の一部が灘区に編入され、六甲山町の一部となる。
- 1973年(昭和48年)8月1日 - 兵庫区から北区が分離する。
- 1993年(平成5年)5月 - 北区役所北神行政サービスセンター(出張所)が設置される。
- 1995年(平成7年)12月26日 - 神戸市立北図書館北神分館が開館する。
- 1998年(平成10年)6月 - 有馬、八多、道場、長尾、大沢、淡河の各出張所が連絡所に再編される。
- 2003年(平成15年)12月1日 - 北消防署北神分署が設置され、北消防署道場出張所が廃止される。
- 2011年(平成23年)6月 - 神戸市立北神区民センターが設置される。
- 2017年(平成29年)4月1日 - 北神行政サービスセンターが北神支所に昇格する。
- 2019年(平成31年)
- 2020年(令和2年)4月1日 - 各連絡所が出張所に再編される[15]。北神区民センターが北神区文化センターに改称される。
