千葉修
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| 名前 | ||||||
| カタカナ | チバ オサム | |||||
| ラテン文字 | CHIBA Osamu | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1968年5月22日(57歳) | |||||
| 出身地 | 宮城県大崎市 | |||||
| 身長 | 184cm | |||||
| 体重 | 75kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | GK | |||||
| ユース | ||||||
| 1984-1986 |
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| 1987-1990 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1991-1992 |
| 0 | (0) | |||
| 1992-1994 |
| 3 | (0) | |||
| 1995 |
| 3 | (0) | |||
| 1996-1997 |
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| 通算 | 6 | (0) | ||||
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
千葉 修(ちば おさむ、1968年5月22日 - )は、宮城県大崎市出身の元サッカー選手[1][2][3]。ポジションはゴールキーパー(GK)。
卒業後、本田技研工業へ加入(1990/91シーズン第11節追加登録)。本田技研工業サッカー部のプロ化見送りを受け、監督の宮本征勝、ヘッドコーチの関塚隆、主力選手の黒崎久志、長谷川祥之、本田泰人、内藤就行、入井和久とともに、設立されたばかりの鹿島アントラーズに移籍した。
鹿島アントラーズには、1994年まで在籍。Jリーグ開幕前の1992年のJリーグカップでは5試合に出場。Jリーグが開幕した1993年は古川昌明に正GKを奪われ、Jリーグカップ3試合の出場にとどまった。1994年は、リーグ戦と天皇杯あわせて4試合に出場。
1995年は柏レイソル、1996年からはブランメル仙台でプレー。1997年、抱えていた故障が完治しなかったこともあり、現役引退。
引退後は、鹿島港で荷役業務を手掛ける会社に勤務するかたわら、鹿島アントラーズクリニックのコーチやOBマッチで活動している。