南海22000系電車

南海電気鉄道の一般形直流電車(1969 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

南海22000系電車(なんかい22000けいでんしゃ)[注 1]とは、南海電気鉄道に在籍している一般車両(通勤形電車)で、「ズームカー」の一系列。「通勤ズーム」「角ズーム」とも通称される。

製造所 東急車輛
製造年 1969年 - 1972年
製造数 32両
概要 基本情報, 運用者 ...
南海22000系電車
南海22000系
(1992年5月3日 橋本駅 - 紀伊清水駅間)
基本情報
運用者 南海電気鉄道
製造所 東急車輛
製造年 1969年 - 1972年
製造数 32両
消滅 1995年
主要諸元
編成 2両(全車電動車)
軌間 1,067 mm狭軌
電気方式 直流1,500 V架空電車線方式
最高運転速度 平坦区間:100 km/h
山岳区間:30 km/h)
起動加速度 3,1 km/h/s
減速度 4,0 km/h/s
自重 37.0 t[1]
全長 17,725 mm[1][2]
全幅 2,720 mm[1][2]
全高 4,000 mm[1][3]
台車 住友金属工業製 FS-17A[1][2]
主電動機 東洋電機製 TDK-820-E[2][4]
主電動機出力 90 kW[2]
2次車以降:75 kW[4]
駆動方式 中空軸平行カルダン駆動方式[1]
歯車比 12:83(6.92)[4][2]
制御装置 東洋電機製 MMC-LHTB-20D[4]
制動装置 三菱電機製 HSC-D電磁直通ブレーキ[1]
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本項では改造(車体更新)により派生した2200系電車についても記載する。このうち和歌山電鐵に引き継がれた車両については和歌山電鐵2270系電車を参照のこと。また。本項では、難波方先頭車の車両番号+F(Formation=編成の略)を編成名として表記する。

概要

1958年昭和33年)から1964年(昭和39年)にかけて、高野線では山岳区間直通(大運転=全区間運転)用の高性能車として21001系を新製していた。大運転は急行として運行するため、当時宅地開発の進行で乗客数が急激に増加していた河内長野駅以北で、4両編成の急行の車内は相当な混雑を呈していた。このため混雑緩和を図る増結用車両として、本系列が1969年(昭和44年)より導入され、1972年(昭和47年)までに2両編成×16本の計32両が製造された[4]。各車両の形式はモハ22001形で、難波方から奇数車-偶数車により編成を組む[4]

車両概説

車体

車体は普通鋼製で、客用ドアは1,300 mm幅の両開き扉と、一枚下降式の側窓を採用した[4]。前面は21001系の非貫通型に対し貫通型となった。7100系を17 m2扉車にしたようなスタイリングで、座席も全席ロングシートである[4]。奇数車にパンタグラフが2基装備されている[4]

主要機器

制御方式は抵抗制御で21001系と同一性能だが、電装品は1973年(昭和48年)の架線電圧1,500 Vへの昇圧に対応して複電圧仕様とされ、一台の制御器で4個の電動機を制御する21001系の1C4M方式から、南海としては初採用の1C8M方式に変更された[4]。主制御器は偶数車に装備されている。台車は21001系と同じ住友金属製FS-17(FS-317)である。

製造

1969年(昭和44年)に上記の目的で1次車、22001F - 22007Fの4編成(8両)が新造された。

1970年(昭和45年)に大運転に一部残っていた旧型車の1251形を全て置き換える目的で2次車、22009F - 22027Fの10編成(20両)を新製し、極楽橋駅直通にも編成を2本併結して充当するようになった。2次車ではパンタグラフは下枠交差式となり、冷房装置の設置準備工事がされている[4]

最終増備車である1972年(昭和47年)度の3次車、22029F - 22031Fの2編成(4両)は2次車に準拠しているが、新製時から分散式の冷房装置が搭載され、前面には方向幕が設置された[4]

製造は2次車までは東急車輛製造大阪製作所が担当したが、旧帝國車輛工業から継承したこの工場での鉄道車両製造は1971年(昭和46年)で打ち切られたため、それ以後に発注された3次車については東急車輛横浜製作所が担当した[注 2]

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22000系編成表
難波
形式
 
 

モハ22001
(Mc)
 
モハ22001
(Mc)
搭載機器 MG
CP
CONT
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凡例
  • CONT:制御装置(抵抗制御)
  • MG:補助電源装置(電動発電機)
  • CP:空気圧縮機
  • ◇:集電装置(菱形→下枠交差式)

改造工事

冷房化改造

1・2次車も後に冷房化改造がされ(この際には前面のみならず側面にも方向幕を設置し、3次車も1975年(昭和50年)に側面方向幕を追設)、1次車ではパンタグラフが菱形から下枠交差式に変更されている[4]。なお、冷房化されて以降も1次車と2・3次車とでは電動発電機の形式が違う(1次車はTDK-3736-A、2・3次車はTDK-3725-A)[4]

更新工事

22000系は1994年平成6年)以降の更新工事により、以下の3仕様に改造された[5]。改造に合わせて車号が整理され、新たに2200系となった。

  1. 高野線用
  2. 支線用
  3. 貴志川線用

工事の共通項として、車体は7100系と同様のブロック工法により側構体、外板、雨樋を新製して取り替え、客室も7100系に準じて内装を新調、各車両に車椅子スペースを新設した[4][6]

高野線用改造車

2200系高野線用改造車
(2008年1月 深日港駅[注 3]

高野線の大運転に継続使用するため、22005F・22007F・22013Fの3本が、順に2201F・2202F・2203Fへと改造された。形式は元奇数車がモハ2201形(Mc1)、元偶数車がモハ2251形(Mc2)である[5]

方向幕は7100系後期更新車と同様に拡大されている[6]。また、客室は床材がローンテックス充填方式とされ、側引戸の戸閉機も交換された[4][6]。このほか2000系との併結運転を前提に、2000系のラインデリアを遠隔操作するスイッチを新設した[6]

しばらくは大運転に使用されていたが、その後の計画変更によって大運転が2000系に統一される方針となり、本改造車は1997年(平成9年)をもって支線に転出することとなった[7]。支線転出時に後述の支線用改造車に仕様を合わせるため、車体の嵩上げ工事などが行われた[8]が、正面の貫通幌枠はそのまま残された[4]

その後、2000年(平成12年)にワンマン運転改造工事が施工され、同時にバリアフリー化としてドアチャイム開扉誘導鈴が設置された[9]

2009年(平成21年)、2203Fが後述の「天空」に再改造され、高野線へ里帰りすることとなった。

支線用改造車

支線用改造車
(2023年11月4日 津守駅 - 木津川駅間)

1521系が運用されていた各支線の冷房化を目的に、22011F・22015F・22009Fの3本が、順に2231F・2232F・2233Fへと改造された。形式は元奇数車がモハ2231形(Mc1)、元偶数車がモハ2281形(Mc2)である[5]

本改造車は2両編成での単独運用を前提としているため、正面の貫通幌枠が撤去されたほか、連結器が小型密着自動連結器NCB-Ⅱに交換された[4]。各駅のホーム高さとの兼合いから床面高さを60 mm上げられた[5]。方向幕は高野線用改造車と異なり改造前のサイズそのままとされ[6]、戸閉機も更新前のものを流用している。また、加速度が2.6 km/h/sに下げられた[4]

2000年(平成12年)にワンマン運転改造工事が行われた[9]

2016年(平成28年)には、2232Fが高石市の工場夜景をPRするラッピング列車「走る!工場夜景」となった[10][11][12]。当初は約6か月間、高石市内を走る高師浜線限定で運用されていたが、高石市が堺市と共に「全国工場夜景サミット」に正式加入することとなったため、2018年(平成30年)3月末まで期間が延長されたほか、汐見橋線・多奈川線・加太線・和歌山港線でも運用されるようになった[13]

貴志川線用改造車

貴志川線用改造車
(2007年3月1日 貴志駅、撮影時点ですでに和歌山電鐵に譲渡済み)

貴志川線の近代化・合理化の一環として、1201形を置き換えるために投入された。22029F・22031F・22025F・22027F・22019F・22023F編成の6本が、順に2271F - 2276Fへと改造された。元奇数車は電装解除されクハ2701形(Tc)、元偶数車は1C4M方式のモハ2271形(Mc)となった[4][5]

前面の貫通扉は完全に塞がれ、ワンマン化のため前面側の側引戸を乗務員室直後に移設、片開き扉としたほか、車内に整理券発行機を新設した[4][5]。当時の貴志川線は600 V電化であったが、南海本線などを経由する自走回送を考慮し、電装品は改造前からの1,500 / 600 V複電圧対応とされている[5]

2006年(平成18年)、貴志川線の和歌山電鐵移管に伴い全車が譲渡され、同社の2270系となった。

観光列車「天空」向け改造

「天空」海側(2010年1月2日 橋本駅) 「天空」山側(2010年1月2日 極楽橋駅)
「天空」海側
(2010年1月2日 橋本駅
「天空」山側
(2010年1月2日 極楽橋駅)

2009年(平成21年)7月3日に運行開始される高野線山岳区間(橋本駅 - 極楽橋駅間)の観光列車「天空」(てんくう)[14]用に、2203編成[15][16]が再改造され、改造車の形式称号・車両番号はモハ2208形2208-モハ2258形2258となった[3][17][18][注 4]。車両番号の下2桁"08"は橋本の「ハ」を、"58"は高野山の「コーヤ」を表している[19]

改造内容は以下の通り。

外観
  • モハ2258の後扉を埋め込み、大型の固定窓を設置[3]
  • 海側(極楽橋行きで進行方向右側)の側窓が、運転台扉と前扉の間を除いて連続窓(1枚1,750 mm×800 mm)に交換[3]。また、車站部では改造部分の下に小窓を増設[3]
  • 塗装は森林をイメージした濃緑色(空調キセも同色に塗装)に、前面・扉間窓下に赤帯を配したものになり、2258の前面には金色の帯が2本追加されている。橋本側の2208の前頭部側面は、後述の連結の関係から妻側と同じ塗装が施されている(通常は先頭として使用されないため)。また、扉間中央に「天空」のロゴマーク、戸袋部分に50 ‰勾配と南海のCIマークを用いたオリジナルのズームカーロゴマークが配置されている。
車内設備
  • 座席は木目調で、車端部がテーブル付きの固定クロスシート、扉間は海側に向いた2列のロングシートに交換。ロングシート部分は「ワンビュー座席」と名づけられ、後部座席からの展望を良くするため、山側(極楽橋行き進行方向左側)を97.5 mm嵩上げ[3]
  • 海側の側窓下にカウンターテーブルを設置[3]
  • 両車の妻面部とモハ2208の乗務員室直後に4人掛けボックスシートとテーブルを設置[3]
  • モハ2208の前扉内側に固定式の柵が設置され、その部分を展望デッキとして使用[3]。通常は前扉を開放した状態で運行するが、従来どおり前扉を閉じての運行も可能である[3]。また、展望デッキ両側にアルミ建材による仕切りを新設[3]
  • モハ2258は乗務員室直後の区画を、通路部を除き97.5 mm嵩上げし、前方固定の2人掛けクロスシートを合計3脚設置[3]
  • モハ2258の車端部に、海側にスタンドテーブル、山側に畳敷きのスペースが設置されたイベントスペースを設置[3]。AC100 Vのコンセントも設置[3]
その他
  • 2000系・2300系と併結する関係上、運転台側の連結器は電気連結器付きの密着連結器に復元[3]。これに伴い、併結面となるモハ2208の前面に貫通幌を装着[3]
  • 支線転用のため嵩上げしていた床面高さを60 mm下げて復元[20]
  • モハ2208の展望デッキ直上のクーラーを撤去(キセと車内の吹き出し口は残置)[3]

2025年(令和7年)5月15日、南海は「天空」に代わる新たな観光列車(GRAN 天空[21])を2025年(令和7年)度末に導入することを発表した[22]2026年(令和8年)3月20日に定期運用を終了、以降は団体専用列車として不定期で運行する[23]

ズームカー塗装への復元

22000系時代の塗装に復刻された2231F
(2025年2月5日 津守駅)

南海電気鉄道では今後支線区で使用されている2200系について、2000系をワンマン改造した上で置換えを進めていくとしていたが[24]2024年(令和6年)12月10日に南海電鉄は現存する2200系2本を、2025年(令和7年)春で完全引退させることを発表した[25][26][27]

これに伴い、2231Fが約30年前の「オリエンタルグリーンの車体にエメラルドグリーンの帯」の塗色に復刻されるとともに、2種類の引退記念ヘッドマークが掲出された[26][27]

2025年(令和7年)1月19日に汐見橋駅で塗装復元車のお披露目会が行われ、翌1月20日から営業運転を開始した[27]。期間はどちらとも運用終了まで行われた[25]

運用

22000系と2000系の混結

河内長野駅[注 5]以北の増結用車両として、21001系の難波方に本系列を併結し、日中を中心に6両編成で運行されたほか、21001系と共通運用するため本系列同士で4両編成を組成した。この場合、4の倍数の数字の車両番号が極楽橋寄りを向くように通し番号で揃えられていた(例:22001-22002+22003-22004)[28]1979年(昭和54年)以降は8両編成[29]1995年(平成7年)からは10両編成の列車に組み込まれ使用された[30]1990年(平成2年)からは同年に運行を開始した2000系との併結運転も行われた[31]

2000系の増備に伴い、1994年(平成6年)から支線・貴志川線への更新工事・転出が開始された。支線への転属組には、前述の2200系支線用改造車のほか、未更新のままの22001F・22003F・22017Fの22000系3本も含まれた[32][33]

高野線用改造車も2000系の追加新製により、1997年(平成9年)をもって支線に転用された[7]。これにより先に支線に転属していた22000系3本が余剰となり、また高野線に残っていた22021Fも2000系に直接置き換えられた。これらは更新されることなく1997年(平成9年)から1998年(平成10年)にかけて廃車され[34][35]、一部の編成は熊本電気鉄道に譲渡された。

2200系の高野線用改造車・支線用改造車は、長らく汐見橋線高師浜線多奈川線加太線和歌山港線で運用されていた。貴志川線用改造車は2006年(平成18年)4月1日の貴志川線の経営移管とともに和歌山電鐵へと継承されている。2203Fは2009年(平成21年)に観光列車「天空」へ再改造された。

支線区に残る2200系も2000系ワンマン化改造車への置き換えが進められ、2201F・2202Fは2023年令和5年)から2024年(令和6年)にかけて銚子電気鉄道へ譲渡[36][37][38][39]、2233Fは2024年(令和6年)7月26日付で、2231F・2232Fも2025年(令和7年)3月26日付で廃車された[39]。運用終了を前にした2025年(令和7年)1月には、2231Fが22000系時代のズームカー塗装に復元された[25][26][27]

2025年(令和7年)3月には、2232Fに銚子電鉄とのコラボヘッドマークが掲出された[40][41][42]。なお、このヘッドマークは、銚子電鉄でも22005編成に同じ柄のヘッドマークを4月に掲出している[40][41][43]

編成表

2025年(令和7年)4月1日現在[38][44]

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22000系(消滅済)
難波
モハ
22001

(Mc)
モハ
22001

(Mc)
竣工[45]次車区分備考
2200122002 1969/10/041次車廃車解体
2200322004 熊本電気鉄道へ譲渡
2200522006 1969/10/152200系(高野線用)に改造
2200722008
2200922010 1970/09/142次車2200系(支線用)に改造
2201122012
2201322014 2200系(高野線用)に改造
2201522016 2200系(支線用)に改造
2201722018 1970/10/01廃車解体
2201922020 2270系に改造
2202122022 廃車解体
2202322024 2270系に改造
2202522026 1970/10/26
2202722028
2202922030 1972/06/303次車
2203122032
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2200系
なんば・加太汐見橋
和歌山港高師浜多奈川・極楽橋
モハ
2231

(Mc1)
モハ
2281

(Mc2)
竣工廃車備考
2201
(22005)
2251
(22006)
1994/02/24[45]2024/08/15[38][39]銚子電気鉄道へ譲渡[46][47][48][49]
2202
(22007)
2252
(22008)
1994/03/28[45]2023/08/15[36][37]
2203
(22013)
2253
(22014)
1994/05/02[45]観光列車「天空」に再改造
2208
(2203)
2258
(2253)
2009/03/31[16]観光列車「天空」
2231
(22011)
2281
(22012)
1994/06/02[45]2025/03/26[38][39]復元デザイン車両[25][26][27]
2232
(22015)
2282
(22016)
1994/06/29[45]
2233
(22009)
2283
(22010)
1994/07/27[45]2024/07/26[38][39]
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譲渡

熊本電気鉄道

熊本電気鉄道200形
(2009年5月30日 北熊本駅

22000系として廃車となった編成のうち、22003Fの2両が1998年(平成10年)に熊本電気鉄道に譲渡され、同社200形電車(3代)として竣工した。2019年(令和元年)7月まで運行されていた[50]

和歌山電鐵

和歌山電鐵2270系「いちご電車」
(2023年9月22日 神前駅 - 日前宮駅間)

2006年(平成18年)に貴志川線が和歌山電鐵に経営移管されたのに伴い、貴志川線用2200系の全車が譲渡され、同社の2270系となった。2006年(平成18年)より水戸岡鋭治のデザインによる「いちご電車」などのリニューアル車が運転されている。貴志川線の架線電圧は2012年(平成24年)2月に1,500 Vに変更されており、昇圧後も引き続き使用されている。

銚子電気鉄道

銚子電気鉄道22000形22007編成
(2024年3月31日 笠上黒生駅

2023年(令和5年)8月17日、2200系のうち2202-2252が銚子電気鉄道へ譲渡され[37][46][47]京王重機にて改造の上[注 6]22000形として2024年(令和6年)3月10日に出発式が行われた[51]。同年3月29日より朝の2往復限定で営業運転を開始[52]、同年5月9日より終日運行が開始された[53][54]。車番はクハ22007-デハ22008に変更されている[55][56]

2024年(令和6年)8月16日には2201-2251も銚子電気鉄道へ譲渡され[39][48][49]、京王重機にて改造の上、車番はクハ22005-デハ22006に変更されている[39]。なお、こちらはクラウドファンディングを実施し資金を集め、観光列車に改造された[57][58][59]2025年(令和7年)3月1日に出発式が実施され、現在南海電気鉄道も走る紀伊国(現在の和歌山県など)の出身で、外川漁港を築いた漁師崎山次郎右衛門にちなみ「次郎右衛門(じろうえもん)」の愛称が付けられた[60][61][62][63]。同年4月1日に運行を開始した[60][61][62][64]

編成表(銚子電気鉄道)

2025年(令和7年)4月1日現在[65]

凡例
  • CONT:制御装置(抵抗制御)
  • MG:補助電源装置(電動発電機)
  • CP:空気圧縮機
  • ◇:集電装置(下枠交差式)
さらに見る ← 銚子外川 →, 形式 ...
銚子
外川
形式
 

クハ
22000

(Tc)
 
デハ
22000

(Mc)
竣工 備考
搭載機器 MG
CP
CONT
車両番号
(旧車番)
22007
(2202)
22008
(2252)
2024/03/09旧南海色
22005
(2201)
22006
(2251)
2025/03/21新南海色
観光列車「次郎右衛門」[60][61][62]
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脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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